佐藤義光(さとうよしみつ:1938~)
系統:遠刈田系
師匠:佐藤吉之助
弟子:
〔人物〕昭和13年11月28日、遠刈田のこけし工人佐藤吉之助の長男として福島県石城郡内郷村で生まれる。佐藤吉弥は伯父、佐藤哲郎は従兄弟に当たる。昭和21年一家は遠刈田へ戻り、昭和29年夏頃より父吉之助について木地の修業を始めた。当初は木地のみで描彩はあまり行わなかった。こまや神社の神器、寺の仏器、けん玉などを中心に作っていた。
父吉之助は昭和38年病を得て3年ほど入院、一旦退院したが半年後に再入院し心筋梗塞のため昭和48年4月27日に亡くなった。義光は昭和36年頃からこけしも少し作るようになったが、父吉之助の死後本格的にこけしの製作を行うようになった。
その後仙台市太白区鹿野に移り、こけし製作を続けている。
〔作品〕義光がこけし製作を始めたころには父吉之助は体調優れず、また本格的にこけし製作に取り組んだのは吉之助が亡くなってからだったので、義光の作風は遠刈田で標準的に作られている様式であった。それでも、鋭角的な瞳を持つ面描には吉郎平系列の体質が継承されている。
〔伝統〕遠刈田系吉郎平系列
〔参考〕
- 土橋慶三:佐藤吉之助さんの逸話とその後継者〈こけし手帖・152〉(昭和48年11月)