小松里佳(こまつりか:1969~)
系統:遠刈田系
師匠:佐藤忠
弟子:
〔人物〕昭和44年4月11日、大阪市堺市の下田洋一、都の長女に生まれる。父は会社務めの後牧場経営、母は美容室を営んでいた。兄が一人いる。18歳でイギリスに渡りロンドンで半年余語学の勉強等を行った。帰国後、大阪のデザイン事務所、医療事務所に勤めた。また子供の頃から漫画を描くのが得意であり、雑誌等に4コマ漫画の連載を幾つか持っていた。
平成6年25歳のとき、東北に惹かれて七ヶ宿に移り、村おこしのための情報発信の取り組み等に協力した。七ヶ宿で結婚した。夫は、人形制作をしており民俗や芸能に関心があった。道の駅や産直関係の仕事をしながら、子育てや漫画執筆を続けた。また七ヶ宿には桜井良雄や小島長治郎もいて、長治郎の妻なつとも知り合いになり、こけしへの興味や関心が強くなった。
平成28年にハローワークでこけし工人育成事業の募集があることを知り、早速電話で応募したところ採用された。七ヶ宿から車で通って遠刈田の工人達から木地技術の指導を受け、さらに青根の佐藤忠を師としてこけし製作について学んだ。我妻司、小山芳美は育成事業の同期生である。
平成31年4月に小松里佳名義のこけしの発表を許可され、宮城蔵王こけし館を通して販売するようになった。またロクロもこけし組合のものを師匠が利用できるように尽力してくれたので、以後は遠刈田でこけし製作に取り組んだ。令和2年、高齢のため木地を廃業した師の佐藤忠から道具類を譲られたので、それを遠刈田の旧北岡工場内に据えてこけしの製作を行っている。
〔作品〕佐藤忠の型を継承しているが、遠刈田系の基本型のほか佐藤忠が作る鈴木幸之助の復元作についても取り組みを始めている。
〔18.9cm(平成31年)(橋本正明)〕 胴底に初作と記入がある
〔18.0cm(平成31年)(宮城こけし館)〕 佐藤忠の鈴木幸之助型に倣って製作
〔 10.3cm (令和元年12月)(橋本正明)〕東京こけし友の会おみやげこけし 幸之助型
〔伝統〕遠刈田系
〔参考〕
- 田中厚志:遠刈田系三工人〈こけし手帖・700〉(令和元年5月)