平馬虎三

平馬虎三(へいまとらぞう:1922~)

系統:鳴子系

師匠:鳴子大沼某

弟子:

〔人物〕大正11年5月4日、宮城県登米郡中田町(現在、登米市中田町)の農業平馬徳之進、とせよの長男として生まれた。本名は平馬利治(へいまとしじ)。こけしと川柳には雅号の虎三を用いるという。生来、手先が器用なので表具師もある時期手掛けた。若い頃から絵を描き、また詩作、竹細工、わら細工の製作と多趣味だったらしい。
こけしは伝統こけし(鳴子系)と創作こけし等を製作した。また茶道具等の日用雑貨も手掛け使用していた。昭和57年の嵌め込みのこけし写真があるので、昭和55年位から鳴子など各地の見取りで伝統こけしの製作を始めたと思われる。昭和50年代に、鳴子の「大沼」工人宅に何度も教えを乞いに行ったと語っていたが、どの大沼か不明である。大沼秀顯は知らないと語っていた。
平成2年8月4、5日および平成6年8月7、8日鳴子温泉で開催された「全日本こけし祭り」に奉納こけしとして出品している。パンフレットに掲載されている「奉納こけし目録」の追加名簿に名前を確認できる
自宅には中々立派な工房があって、鉋の鍛冶も虎三自身が行っていた。こけしをやり始めた動機は木のぬくもりと素朴な表情に魅了されたことによると語っていた、
95歳を超えて、現在は施設に入っている。


平馬虎三 昭和61年10月

〔作品〕師匠の大沼が誰であるか確認できない。ただ、中央8寸や左端5寸の胴に描かれた菊の流れ方などは大沼健三郎の一家のものに近いので、その指導があったかもしれない。


〔右より 18.2cm、25.8cm、15.2cm(平成10年5月)(中根巌)〕

〔伝統〕鳴子系 一般型と呼ぶべきかもしれないが作品はある水準を保っている。

〔参考〕

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