カスミ族

戦後東京で集まりを開いたこけし愛好家のグループを自ら「カスミ族」と呼んだ。
このカスミ族の集まりから、やがて「東京こけし友の会」が生まれた。
名和明行、好子夫妻の家がもっぱら会場となり、昭和27年の初めから28年の8月まで月一回の集まりが19ヵ月続いたという。延々と夜を徹してこけしの話ばかりする集まりを見て、名和綜合美容研究所のお弟子さんたちが「この人たちは一体何を食べているんだろう。霞でも食べているのでは」と言っていたので、「カスミ族」と称するようになったらしい。そしてその集まりを「カスミ会」ともよんでいた。
この「カスミ会」の集まりの中から「東京こけし友の会」の構想が生じ、昭和28年5月1日の「東京こけし友の会趣意書」作成発行、同年8月9日の第1回例会開催に繋がった。その会場は赤坂の名和綜合美容研究所であった。以後東京のこけし界の活動は、東京こけし友の会の時代となる。

下掲写真は、昭和27年1月6日に鳴子から高橋武男工人が上京した機会に名和邸に集まった様子で、この時は36時間ぶっ通しの歓談だったらしい。


名和邸にて(昭和27年1月6日)
右より 西田峯吉、土橋慶三、名和明行、高橋武男、名和好子、武田利一


高橋武男(昭和27年1月6日)

第2回目の集まりは、昭和27年2月3日でこの時は佐藤誠工人の上京に合わせたらしい。


第2回 名和邸(昭和27年2月3日)
右より 鹿間時夫、西田峯吉、溝口三郎、石井眞之助、武田利一、土橋慶三、稲垣武雄、山田猷人、佐藤誠


佐藤誠 名和邸(昭和27年2月3日)

〔参考〕

  • 武田利一:カスミ族時代〈こけし手帖・51〉(昭和38年12月)
  • 稲垣武雄:第一回こけし会の記〈こけし手帖・51〉(昭和38年12月)
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