阿部栄七

阿部栄七(あべえいしち:1848~1895)

系統:土湯系

師匠:阿部四郎兵衛

弟子:

嘉永元年5月10日、福島県信夫郡土湯村下ノ町の阿部四郎兵衛四男に生まれた。父の四郎兵衛は旅館を経営し、土湯村の名主を勤めた。当主は代々家名の四郎兵衛を名乗っており、弘化2年君ケ畑(1845)、嘉永2年蛭谷(1849)、安政4年蛭谷(1857)、明治5年君ケ畑(1872)の氏子狩りにそれぞれの四郎兵衛が応じている。
栄七には兄國松、辰之助等の兄がいてそれぞれ木地を挽いたが、共に発話に不自由があったので木地に専念し、家督は栄七が継承した。
栄七も木地を挽いたと思われるが、名主等の仕事が主であったと思われる。作品は未確認。
明治10年に第1回内国勧業博覧会が開催され、各地の産物の出品を求められたとき、名主の阿部栄七が出品者となって、佐久間浅之助等が製作した木地製品(茶入れ 茶臺、菓子入、茶盆、辨當、糸巻、芥子入、三重盃、食膳、漏斗、徳利袴、烟草入、椀、燭台、碁筺、碁盤足)を出品している。


第一回内国勧業博覧会出品目録(明治10年)

この第1回内国勧業博覧会の出品(轆轤製器)に対して栄七は褒状を受け、「諸器の材料風乾宜しきを得 形状恰好にして値尚亦廉なり其蒐輯の好きを観る」という評を得ている。風乾は風にさらして自然乾燥させること、うまく乾燥効いているとの評。


第1回内国勧業博覧会出品に対する審査標語

また第2回の内国勧業博覧会には腰高盆、茶入、菓子入、三ッ椀を出品している、今回の製作者は兄の阿部國松であった。

第2回内国勧業博覧会出品目録 福島県土湯

明治28年5月6日没、行年48歳。

〔参考〕

  • 山本陽子:内国勧業博覧会とこけし産地の木地業〈きくわらべ・4〉(令和2年10月)
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