大正博覧会

大正3年3月20日から7月31日まで、東京府が主催し、上野公園(後の上野恩賜公園)を主な会場として開催された博覧会。総裁は閑院宮戴仁親王殿下が務められた。
上野公園地の台地上に設けられた第一会場には既存の博物館、美術館のほか、教育学芸館、工業館、鉱業館、林業館、水産館など、不忍池一帯の第二会場には農業館、運輸館、染織館、染織別館、外国館、動力館、機械館などが、それぞれ設けられた。
日本初とされるエスカレーターが設けられ、また、不忍池にはケーブルカー(ロープウェイ)が架設された。

大正博覧会第一会場正門

この博覧会には東北各県からの出品もあり、宮城県からは下掲目録のように、刈田郡宮村(遠刈田)から北岡仙吉と小室萬四郎、柴田郡川崎村(青根)から菊地孝太郎、小原直治、柴田郡川崎村(今宿)から佐藤重松、玉造郡(鳴子)から高橋利四郎など、こけし工人やこけし商でもあった人たちからの出品があった。


大正博覧会(宮城県からの出品目録)

この出品で北岡仙吉と小室萬四郎は四等の褒章を受けている。

山形県最上郡及位からは佐藤文六が働いていた及位木工所の経営者佐藤盛昭の出品がある。
秋田県雄勝郡川連村からは椀、杯、煙草入、菓子器、段重などの漆器類を出品があり、出品者として佐藤常吉、守谷源之助、高橋久三、古関定治、佐藤久太郎、佐藤圓吉、阿部健吉などの名が記載されている。
また出品者に「山形市香澄町 荒井雅雄」の名がある。新趣向の菓子器など木地製品を出品していたが、こけし作者の荒井雅雄と同一人であるか不明である。

 

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