小林正太郎

小林正太郎(こばやししょうたろう:1900~1969)

系統:遠刈田系

師匠:

弟子:小林弘

〔人物〕明治33年生まれ。戦前は東京の荒川区で営業していた木地師で腕の立つ工人だった。特に小物挽では名人といわれた。妻女しずえは宮城県秋保出身だったので、戦時に一家は秋保に疎開転住し、木地業を続けた。昭和23年、秋保中学校を卒業した長男の弘が正太郎について木地の修業を始めた。
昭和30年一家は仙台市川内山屋敷に移った。
秋保時代より正太郎はこけしに関心を抱くようになっていたが、やがて昭和33年頃から見取りで遠刈田系のこけしを作るようになった。
昭和44年3月19日没、行年70歳。

〔作品〕下掲は製作開始から間もない時期のものと思われる。妻女の実家のあった秋保でこけしに触れたのが動機で製作を始めたので、様式は二本づつの緑のろくろ線の間に重ね菊を描く胴模様の秋保様式のこけしとなっている。製作本数は必ずしも多くはなく、残された作品は少ない。


〔23.2cm(昭和33年頃)(中根巌)〕

系統〕遠刈田系秋保亜系

〔参考〕

  • 中根巌:珍しいこけし(三)〈伊勢こけし会だより・164〉(令和2年12月)
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