小林藤吉 生年月日、出身地など不明。小林倉吉の最後の弟子で年季明けの後、昭和2、3年頃から山形市薬師町で丹野辰彦等とともに木地業に従事したが、昭和16年頃死亡した。また弟の太郎も兄とともに働いていたが前後して没した。こけしを作ったかどうかは不明。 Tweet [`evernote` not found] 関連記事: 千田美千雄 塩野惟信 味田みよ 二瓶豊