日本こけし館

日本こけし館は、宮城県大崎市鳴子温泉尿前74-2にあり、こけし文化のセンターとなることを目的に建設された。
こけし館が建てられるきっかけとなったのは、昭和28年に深沢要のコレクションが鳴子町に寄贈されたことであった。長い間、適切な展示施設がないまま鳴子町役場の2階にあるガラスケースに収蔵されていたが、貴重なこけしをよい環境の下で保存展示すべきという声が、有識者やこけし愛好家の間から起きるようになった。一方、昭和23年より始まった鳴子こけし祭りも、昭和28年から全国こけし祭りとして毎年開催されるようになり、昭和32年からは祭りでこけし工人が作品を奉納することになったので、奉納されたこけしを収蔵する場所も必要になった。
そのような背景のもと、こけしの中心となる施設の建設を願う声がつよくなり、昭和43年5月に日本こけし館建設の発起人会が開かれた。これが翌昭和44年7月に鳴子町の正式な建設委員会に発展し、その後紆余曲折を経て、昭和48年10月のこけし館建設打ち合わせ会に至った。建設場所は鳴子温泉街の西方、尿前の関の近くの丘の上に決まった(現在の鳴子公園内)。
こけし館の設計にあたったのは、民芸建築で有名な山本勝己:信建築設計事務所、施工は丹野建設株式会社であった。事業費は約4,700万円、内鳴子町費約3,000万円、県補助約700万円、有志寄付1,000万円であった。
昭和50年8月20日竣工、9月6日に落成式挙行、9月7日より一般に開放された。

鳴子 日本こけし館

鳴子 日本こけし館

館内のもっとも重要な展示は深沢コレクションであり、館に入ってすぐ左手が展示室になっている。深沢要の著書〈こけしの微笑〉や〈こけし追求〉で、その入手経緯が記述されている貴重な作を一本一本確かめながら、昭和初期のみちのくと工人たちの息吹に思いをはせることのできる愛好家にとっては至福の空間になっている。近年は、コレクションのほとんどのこけしが常設になっており、作者名の表示札の管理もきちんと行われているので、研究者にとっても有難い施設である
(昭和32年東京こけし友の会が〈こけし手帖・14~15合併号〉の深沢要特集号を発行するにあたり鳴子町に寄贈された深沢コレクションの目録を作成した)。

深沢コレクションの展示室

深沢コレクションの展示室

このほかに後に寄贈された溝口三郎(〈古計志加々美〉の著者の一人)コレクションや名和好子コレクションの一部が展示されている(必ずしも常設ではない)。
また、こけし愛好家のお一人でもあった高松宮殿下が寄贈されたこけし、俳優菅原文太寄贈のものなどの展示もある。
こけし関連資料として、木地師関連の展示、惟喬親王像掛け軸、二人挽きロクロ、足踏みロクロ、木地製品などの展示が行われることもある。

展示されている二人挽きロクロ

二人挽きロクロが展示されていることもある

なお館内ではこけしの実演もおこなわれており、また絵付けの体験などもできる。こけしや木地玩具を展示して販売するコーナーもある。

〔参考〕 日本こけし館のホームページ

宮城県大崎市鳴子温泉尿前74-2

 

 

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