佐藤友晴

〔人物〕 大正5年3月15日、遠刈田新地の木地業・製炭業 佐藤松之進、あきの末子五男に生まれた。母のあきは伊具郡西根村の日下富治の三女。長兄松太郎、好秋が次兄、好秋との間に進、正人の二人の兄があり、少年のころより兄たちと… 続きを読む

佐藤重松

〔人物〕 慶応元年6月29日、佐藤菊治長男として遠刈田新地に生まる。明治10年より父菊治につき木地修業、同18年田代寅之助につき一人挽きを学んだ。同年8月、田代と共に青根の丹野倉治工場の職人となった。ここで弟治平はじめ多… 続きを読む

菊籬

陶淵明の有名な「飲酒 第五首 悠然望南山」に因んで描かれる菊花と籬の模様。 結廬在人境 而無車馬喧 問君何能爾 心遠地自偏 采菊東籬下 悠然見南山 山気日夕佳 飛鳥相与還 此中有真意 欲辨已忘言 菊籬文様は衣装・装束、漆… 続きを読む

系統

こけしは産地ごと、工人ごとにそれぞれ特徴のある形態を持ち、また独特の描彩が施されている。 そうした特徴は、おおむね産地の歴史や、工人の師弟関係の系譜による部分が大きい。それゆえ大きないくつかのグループに分類することが可能… 続きを読む

青点

① 遠刈田新地の工人用語。こけしの頭頂部の前髪の後方、赤い放射状のてがらの中心部に描かれる青い点状の部分をいう。橘文策氏が紹介した佐藤松之進の〈木地人形記〉に、こけし描彩の年代的変遷が示されている〈こけし手帖・37〉〈こ… 続きを読む

宮島重昭

〔人物〕 昭和4年10月20日、裁判所事務宮島某長男として米沢駅前に生まる。小学校時代より米沢の小林吉太郎に木地挽きを習っていたが、小学校卒業後、米沢航空工場(職長:小林吉太郎)へ入所し本格的に木地を挽くようになった。昭… 続きを読む

藁科茂

〔人物〕 大正13年6月1日、八谷鉱山の作業員藁科有吉の次男として米沢市入田沢に生まる。小学校卒業後、昭和14年3月小林吉太郎に弟子入りして木地を習得した。昭和18年、吉太郎が死亡したので、米沢航空分工場に移り、高崎栄一… 続きを読む

つんけ

木地山系、山形小林一家など一部のこけし後頭部に見られる毛束のこと。 つんけを描く工人として知られているのは、中ノ沢岩本善吉、木地山系小椋泰一郎、小椋久四郎、小椋石蔵、土湯系佐久間由吉、山形の小林倉吉、清蔵、栄蔵、作並の平… 続きを読む

こけし夢名会

菊本栄次、鹿間時夫、白鳥正明、橋本正明、箕輪新一を同人として運営し、昭和43年9月発足したこけし頒布会。ほぼ半年間頒布、その後自然休会となった。 「近来こけし界の一部でこけしの伝統論に束縛され、一部有名工人の定型化された… 続きを読む

岡村豊作文書

庄内大山(現在の鶴岡市大山)の岡村豊作が所蔵していた明治32年の「木地寸形記」、表紙には「明治丗二年 木地寸形記 亥旧五月吉日」と書かれている。東長沢の長作文書(明治19年)より時代は下るが,この頃庄内地方で作られた弁当… 続きを読む