加納陽平

加納陽平(かのうようへい:1984~)

系統:独立系

師匠:加納博

弟子:

〔人物〕昭和59年1月29日、木地業加納博、富美子の次男として仙台市若林区に生まれる。平成14年3月に仙台工業高校機械課卒業後、福祉施設や配送業の仕事に就いた。
平成22年4月より父、博に就き木地修業を始めた。平成23年3月11日の大震災により木地修業を中断し他の職に就いたが、平成25年に将来を考えて一生出来る仕事と云う事で父の跡を継ぐことを決めた。こけしは平成25年4月より試作し7月より青葉城本丸会館で販売するようになった。
文献初出は、カメイ美術館発行の〈伝統こけし最新工人録(平成23年11月25日発行)〉加納博の項に「陽平氏(博氏・二男)修業中です。」とある。また名古屋こけし会の〈木でこ・207号〉で矢田正生氏が新作者紹介としてこけしの写真付きで取り上げている。伊勢こけしの平成26年12月14日例会にてこけし会としては初頒布している。〈伝統こけし最新工人録(平成30年8月31日発行)〉では工人として掲載された。
佐藤賢治、加納伝三郎、加納栄次、加納博と仙台で綿々と続く重要な木地師の系譜である。また伝三郎の弟の正八も賢治の弟子で戦前・戦後を通してこけしを残した工人であり、海谷吉右衛門も〈こけし辞典〉の佐藤賢治の項では賢治の弟子となっている。戦前に僅かに作品を残した庄司文治は伝三郎の職人(弟子)である。仙台木地業の元祖である佐藤賢治ー幸治ー賢一の後継者に期待しつつ、博、陽平の存在もこの系譜を守る工人として重要な存在となっている。
それらを踏まえて陽平は、戦前から仙台で作られていた佐藤賢一の賢治型、加納伝三郎型、加納正八型、庄司文治型、海谷吉右衛門型、海谷周松型をそれぞれ原を見て復元した。 

左:加納博、右:息子の陽平 (佐藤 健兒朗撮影 平成26年10月)
左:加納博、右:二男の陽平 青葉城址の店にて
(佐藤 健兒朗 撮影 平成26年10月)

〔作品〕仙台の関連する工人の作を研究し復元しているが、若々しい感性で取り組んでおりそれぞれ成功している。


〔 右より 18.5㎝(平成26年12月) 伊勢こけし会頒布、18.3㎝(平成26年12月)加納正八型、16.8㎝(平成27年1月)海谷吉右衛門型、17.0㎝(平成27年1月)加納伝三郎型、16.8㎝(平成27年1月) 海谷周松型、23.5㎝(平成27年1月)佐藤賢一の賢治型、18.8㎝(平成27年2月)庄司文治型(中根巌)〕


〔 16.1cm(平成27年1月)(橋本正明)〕 海谷周松型 大阪こけし教室平成27年3月例会頒布

〔伝統〕独立系 仙台一般型

 

〔参考〕

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