〔人物〕昭和2年9月5日、東京の佐野教治二男に生まれた。日大芸術学部卒業し、洋画家として出発した。昭和39年より仙台にいた広井道顕、政昭兄弟について木地を習得し、こけしの製作も始めた。横浜、富士市と転居したが、画作の合間… 続きを読む
〔人物〕昭和2年9月5日、東京の佐野教治二男に生まれた。日大芸術学部卒業し、洋画家として出発した。昭和39年より仙台にいた広井道顕、政昭兄弟について木地を習得し、こけしの製作も始めた。横浜、富士市と転居したが、画作の合間… 続きを読む
〔人物〕明治21年1月28日、酒田市下中町の白畑與惣吉、竹代の長男に生まれた。明治34年ころ、高橋直広の弟子となって木地を修業した。明治45年、斎藤峯吉長女芳と結婚、與太郎、陽次、誠吉、幸作の四男をもうけた。 大正2年に… 続きを読む
〔人物〕大正7年、雄勝郡稲川町大館中野に生れた。木地山の小椋久太郎の妻ミヨの弟、また久太郎の母方の従弟にもあたる。弟に節郎がいる。 秋田県立川連漆器工業試験場講習所で漆芸を学び、その後岩手県工業指導所(現在の県工業技術セ… 続きを読む
〔人物〕 昭和12年12月25日、鳴子町名生定字月山農業小沢武雄、ちゑの四男に生まれる。昭和28年3月鳴子中学を卒業、同年7月より鳴子駅前の大沼純の工場に入り、純より木地およびこけしを習った。兄弟弟子に山口吉夫… 続きを読む
〔人物〕昭和25年4月14日、青森県黒石市大字花巻に生まれる。 現在も同所で阿保こけしやを構え、息子の正文とともに、こけしや干支人形などを製作する。 昭和40年黒石市東英中学校3年の時に佐藤善二が指導するこけしクラブに入… 続きを読む
〔人物〕 昭和28年3月15日、旧秋田県雄勝郡雄勝町の父・沼倉孝造(神職)、毋・昭子長男として生まれる。 昭和46年秋田県立湯沢高等学校卒業後、東京都文京区で8年間会社勤務ののち帰郷、湯沢市内の印刷会社にて写真撮影とグ… 続きを読む
〔人物〕明治36年生まれ。仙台の佐藤賢治について木地を修業し、やはり賢治の弟子であった加納伝三郎が経営していた工場で働いた。東京こけし会の機関紙〈こけし・8〉(昭和15年7月)に「近々仙台こけし会より頒布される」という山… 続きを読む
〔人物〕 明治18年9月23日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町19番地(現在の土湯温泉町)の木地業阿部熊治郎、コヨの長男に生まれる。タツ、キク、サツ、タヨの姉があり治助は第5子にあたる。弟に平治、新次郎がいたが… 続きを読む
明治23年8月27日、秋田県小安の農業木地業旅館業の伊藤政治の長男に生まれた。伊藤儀一郎は義兄。伊藤常治は弟にあたる。 父の政治について木地を学び、筆立て、煙草入れなどの木地製品を作った。こけしも挽いたというが、描彩まで… 続きを読む
〔人物〕 昭和8年6月1日、秋田県川連大館の木地業小椋泰一郎・たかの三男に生まれる。小椋嘉市は長兄、小椋捨次郎は次兄。昭和24年川連中学校を卒業、中学三年生の頃より父泰一郎について木地を学んだ。卒業後約1年ほど家業を手伝… 続きを読む