大沼甚三郎

大沼甚三郎(おおぬまじんざぶろう:1847~1911)

系統:鳴子系

師匠:大沼岩太郎

弟子:大沼岩蔵

〔人物〕弘化四年四月一六日、鳴子大沼甚五郎、とめ(登免)の次男に生まる。母とめは大沼弥左衛門の三女。長兄に岩太郎、弟に傳五郎がいた。兄の岩太郎について木地を習得した。小物はあまり挽かなかったという。明治23年沢口吾左衛門が水力応用の木地工場を作ったとき、職人として働いた。晩年は鳴子の奥の潟沼で硫黄鉱山の監督をした。明治44年1月3日鳴子没、行年65歳。

〔作品〕こけしは末確認。

〔伝統〕鳴子系岩太郎系列。子供は13人。長男岩蔵はじめ、甚四郎、甚五郎、万之丞、健三郎は木地屋となって、それぞれこけし作者としても活躍した。

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