阿部治助(常松長男)(あべじすけ:1903~1953)
系統:独立系
師匠:阿部常松
弟子:
〔人物〕 明治36年6月20日山形県西田川郡温海村温海甲176、福島県土湯出身の木地業阿部常松長男として生まれる。通称常弥といった。次弟が木地を継承した常吉である。仙台の東北学院を苦学して卒業した後、クリスチャンとなり岩手県で牧師となった。戦後は幼稚園を開園し、園長を兼任した。昭和28年10月15日稗貫郡石鳥谷町大字好地第17地割の自宅で病没した。享年51歳。
土湯下の松屋の阿部治助とは同名異人。
〔作品〕 学生時代や昭和10年代の帰省時に常吉の木地に描いたものが大半である。昭和10年作は東京の三五屋で売られたという。本格的に就業しなかったため稚拙な味わいのあるこけしである。しかし、前髪下端の様式は当時の常吉が描いた直線状の櫛形ではなく、鈴木鼓堂旧蔵の伝常松に近く、六日月形に彎曲している。また胴模様の筆使いなどにも一定のリズムがあり、常松在世時には温海こけしの描彩にある程度参加した可能性がある。
下掲は深沢コレクション(日本こけし館)の阿部治助、おそらく三五屋から入手したものであろう。
下掲の西田記念館蔵の治助も深沢コレクションとほぼ同時期のもの。
〔伝統〕独立系
〔参考〕
- 中津政雄:温海・阿部治助のこと〈こけし手帖・198〉(昭和52年9月)