佐藤武直

[人物] 昭和50年4月16日宮城県名取郡秋保町湯元字薬師20の木地業佐藤円夫、茂子の長男として生まれる。平成6年3月宮城県立農業高校卒業後、㈱仙台紙器会社に入社した。間もなく、父円夫が仕事中に腰を痛めて約3ヵ月仕事が出… 続きを読む

佐藤憲雄

〔人物〕 昭和23年6月6日、遠刈田新地佐藤照雄の長男として生まれる。昭和38年3月遠刈田中学校卒業後、照雄につき木地修業、昭和39年よりこけしを作り始めた。妻女すみえとの間に一男二女をもうけた。 昭和の末に「遠刈田若手… 続きを読む

佐藤雅弘

〔人物〕 昭和12年3月1日宮城県刈田郡福岡村字鎌先(現在の白石市鎌先温泉)にて佐藤雅雄の三男(長男:直樹・次男:博・弟に光雄、善幸がいる)として生まれる。昭和28年直樹より本格的に木地挽きの指導を受ける,この頃直樹の工… 続きを読む

作田栄利

〔人物〕 明治31年7月9日、宮城県刈田郡遠刈田温泉商業作田良瑞長男として遠刈田温泉に生まれる。大正2年遠刈田新地の佐藤吉郎平の弟子となり木地を修業した。佐藤吉弥、佐藤巳之吉は兄弟子である。大正5年に年期が明け、お礼奉公… 続きを読む

小浜子守地蔵尊

福島県二本松市小浜宇反町にある万人子守地蔵尊。子どもの守り本尊として「子地蔵尊」を貸し与える風習があり、子地蔵を里帰りさせ、新たに祈祷を受けるために、5月3日~5日の例大祭には 多くの参詣者が訪れにぎわう。発祥の時代はつ… 続きを読む

大竹地蔵尊

福島市荒井字寺屋敷にある白山寺は、「大竹子育地蔵尊」として知られる。ここに収められている多数の木彫りの地蔵尊は、形態がこけしに通じるものがあり、こけしの前駆的な存在であろうという人もいる。ただし、こけしとの関連を示す確実… 続きを読む

阿部好

〔人物〕昭和9年2月20日、山形県上ノ山に生まれる。木地の修業を志して、遠刈田の佐藤哲郎に師事した。技術習得後、上ノ山に戻った。こけし製作を始めるにあたって、実家が荒井金七の家に近かったので金七の遺族と話をして、昭和53… 続きを読む

柿崎藤五郎

〔人物] 元治元年(戸籍上は慶応元年4月6日)、山形県北村山郡大高根村山ノ内(現村山市)に生まる。父井上三太郎は農業。17歳ころ、肘折へきて柿崎酉蔵(初代伝蔵)について木地を習う。当時はまだ二人挽きであった。明治20年、… 続きを読む

菅原敏

[人物] 昭和12年10月3日宮城県名取郡秋保村湯元30にて菅原庄七、とめよの長男として生まれる。昭和29年3月秋保中学校卒業後、石工等をした後昭和30年頃より庄七の仕事を手伝い始めた。昭和31年には初作を発表、作る本数… 続きを読む

佐藤護

〔人物〕 明治36年6月1日遠刈田新地の木地業佐藤寅治の三男として生まれる。周治郎・直治(小原)・直助は父寅治の兄弟であり、護の伯父、叔父にあたる。大正4年小学校卒業後、正式に父寅治について木地を学んだ。大正5年父寅治が… 続きを読む