佐久間太市

〔人物〕明治33年2月2日、福島県信夫郡土湯村下ノ町28の木地業佐久間粂松、コトの長男に生まれた。幼児のころ福島県相馬郡小高町に家族と共に移り、明治40年8歳のとき一家は川俣日和田五に転居した。大正2年小学校卒業後父につ… 続きを読む

佐藤せい子

〔人物〕 昭和6年12月2日、 宮城県亘理郡亘理の農業佐藤菊之助長女として生まれた。昭和29年、遠刈田の佐藤哲郎と結婚し、その年の12月よりこけしの描彩を始めた。昭和33年ころから本格的に夫の哲郎や舅の吉弥について描彩を… 続きを読む

斎藤八重子

〔人物〕大正11年5月7日、宮城県刈田郡遠刈田温泉の木地業佐藤吉弥の長女としてに生まれた。戸籍表記はやい子、こけしにはハ重子と署名した。学校を卒業してから会津若松で働いたが、その地で昭和26年に斎藤良輔と結婚し、夫婦で遠… 続きを読む

里見正雄

〔人物〕大正11年1月24日、仙台市福沢の鉄道員里見久作、さつのの長男に生まれた。 仙台市宮城野小学校をへて昭和12年図南中学校卒業、鉄道員となった。徴兵により水戸の航空通信隊に入隊、樺太をへて北海道帯広にて終戦除隊とな… 続きを読む

里見正博

〔人物〕 昭和23年11月4日、宮城県仙台市原町南目町のこけし工人里見正雄の長男に生まれた。昭和42年高等学校を卒業、昭和43年一家は宮城県仙台市青葉区芋沢に新居と工場を建てて転居した、正博は一時会社員勤めをして家から離… 続きを読む

秋保

宮城県名取郡秋保町湯元。飯坂・鳴子と並んで奥州三名湯に数えられ、伊達家の御入湯場であった。 秋保のこけし作者は秋保の大工太田庄之助の長男太田庄吉が最初で、明治27年ごろといわれる。木地は最初に芋沢にいた今野新四郎について… 続きを読む

海谷吉右衛門

〔人物〕 明治38年9月10日、青根の海谷周蔵、きくよの次男に生まる。長兄は周松。父周蔵は若くして没したので、母きくよは周蔵の弟の海谷善蔵と再婚した。12歳で青根尋常小学校を卒業するとまもなく一家は仙台市北材木町に移り、… 続きを読む

荒井金七

〔人物〕 明治17年7月6日、山形県上ノ山町城北町の車夫荒井鯛蔵、りゑの二男に生まれる。明治28年上ノ山尋常高等小学校を卒業した。当時上ノ山で湯宿をやっていた岡崎小兵衛が蔵王高湯出身で、能登屋の岡崎久作と旧知の間柄であっ… 続きを読む

小形通憲

〔人物〕昭和10年10月24日、宮城県白石市の農業小形通の長男に生まれた。昭和52年より七ヶ宿町の木地業小島長治郎に師事して木地の修業を行った。昭和55年に独立し、白石市北無双作でこけしの製作を始めた。 昭和62年5月7… 続きを読む

高瀬善治

〔人物〕明治33年6月13日、高瀬惣左衛門、ミエの四男として、青森県上北郡十和田村大字奥瀬字十和田一六(休屋)に生まれる。〈こけしガイド〉によれば大正5年(推定)17歳のとき、小林弥七より木地を修業、こけしも習ったという… 続きを読む