佐藤こずえ

佐藤こずえ(さとうこずえ:1961~)

系統:鳴子系

師匠:菅原修

弟子:

〔人物〕  昭和36年3月19日、秋田県由利本荘市に生まれる。昭和56年3月秋田市保戸野の聖園短期大学を卒業後、市内の保育園に勤務、昭和59年結婚、平成26年3月に保育園を退職した。同年4月より市の児童館に勤務し、同時にこけしの蒐集も始めた。こけし雑貨の製作を始め、数社に卸していたが、平成27年7月仙台市のしまぬき主催「手作りこけし雑貨コンテスト」で「こけしマグネット」が入賞し、しまぬきのオリジナル商品として販売されるようになった。また同時期に、児童館の夏の行事として菅原修に講師を依頼して「こけし絵付け」教室を開催した。菅原修の師匠格である河村守の奥様は保育園で一緒に勤務した先輩であったので、その縁で顔見知りであった守がこけし工人だった事を知って心を動かされた。
平成27年9月の鳴子の全国こけし祭で招待工人だった修に再会したおりに、「描いてみるか?」と声を掛けられたこと、また闘病中の河村守の家を訪問して色々な話を聞くうちに本荘こけしを無くしてならないと云う気持ちが強くなったことなどから、同年の10月より週2回菅原修の工房に通い描彩のアドバイスを受けるようになった。修の木地に描彩を練習することから始めている。
由利本荘市が勧めている活性化の活動とも呼応して、本荘こけしの素晴らしさを広く市民に伝えて、後継者の発掘に繫げ、由利本荘市の伝統文化を次世代に引き継ぐことにより地域に貢献したいと抱負を述べている。
 秋田こけし会の平成28年1月例会で工人デビューし、2月の第40回秋田こけし展にも出品されて好評であった。
  平成28年の夏にロクロを設置し、本格的に木地技術の習得に励んでいる。 
新しいスタイルの工人誕生である。師匠は確かな技術をもった工人であるから、木地の修業も含め、しっかり修業を積んで将来の発展にそなえて欲しい。

佐藤こずえ 右は師匠 菅原修 平成28年2月
佐藤こずえ 右は師匠 菅原修 平成28年2月

〔作品〕 こけしは師匠菅原修からの継承であるが、河村守や、その先代の河村清太郎など河村一家の作風も研究している。
下掲右端は河村守の木地に描彩した習作、左二本は菅原修の木地に描彩で本人が初作としたもの、左端は胴底に守型との記入があり、河村守の型を写そうとして作ったもの。


〔右より 19.1cm(平成27年)習作川村守木地、15.8cm、15.8cm(平成28年1月23日)初作 木地菅原修 (沼倉孝彦)〕

以下の作品の木地は全て菅原修であり、描彩のみこずえである。

〔右より 12.0cm 河村清太郎型、18.0cm 河村守型、18.0cm 河村音次郎型、18.0cm、18.0cm 河村清太郎型(平成28年2月)(中根巌)〕
〔右より 12.0cm 河村清太郎型、18.0cm 河村守型、18.0cm 河村音次郎型、18.0cm、18.0cm 河村清太郎型(平成28年2月)(中根巌)〕

〔右より 12.8cm 絣模様、16.5cm イチゴ模様 (平成28年9月)(橋本正明)〕
〔右より 12.8cm 絣模様、16.5cm イチゴ模様 (平成28年9月)(橋本正明)〕

平成28年秋頃から、えじこの自挽きの作品をまず習作している。
大湯の長谷川清一型を作ったことがある。下掲は平成30年にJETLINKで頒布された長谷川清一型、ずんぐりした時代の清一の作風を良く再現している。


〔12.0cm(平成30年7月)(渡辺純)〕長谷川清一型 JETLINK頒布品

系統〕 鳴子系外鳴子

〔参考〕伝統のこけしではないが、自分の創意により新感覚の作品も試みている。


〔10.5cm(平成30年7月)(渡辺純)〕 新考案の作品 JETLINK頒布品

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