桜井コウ

桜井コウ(さくらいこう:1897~1978)

系統:鳴子系

師匠:桜井万之丞/大沼岩蔵

弟子:

〔人物〕 明治30年2月8日、山形市小姓町の理髪業桜井吉治・きく江の長女に生まる。大正2年隣の木地屋に働きに来ていた鳴子の木地師大沼万之丞を婿に迎えた。一人娘であったため万之丞を床屋の後継にと養父は考えたが、万之丞は床屋が性に合わず、鳴子へ戻った。コウは生まれた娘を連れて鳴子へ移り、その後は夫とともに行動した。仙台や米沢にも転居、大正10年ころ鳴子に定着した。昭和2年には長男昭二が生まれた。こけしの描彩に興味を持って、山形時代より夫の木地に描彩していたが、昭和5年大沼岩蔵の指導をうけ本格的に描くようになった。〈古計志加々美〉に作品が紹介され、髷付きの水引で有名になった。本人はいちょうがえしと言っていた。戦後も夫万之丞の木地に描彩を続け、女性らしい艶のある作風で知られた。夫の死後は、職人の木地に時々描彩していたが、病がちで製作数は少なかった。昭和53年4月10日没、行年82歳。

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朝日新聞 おんなの風土記に紹介された桜井コウ
朝日新聞 おんなの風土記に紹介された桜井コウ

〔作品〕 〈古計志加々美〉では桜井万之丞を紹介し、その中の髷を描いた童顔のこけしが、コウの描彩であるとしている。
戦前の作例は深沢コレクションにもあるが、これは描彩稚拙でおそらく再開間もない時期の手の定まらぬ時のものであろう。

〔10.9cm(昭和13年頃)(深沢コレクション)〕
〔10.9cm(昭和13年頃)(日本こけし館)〕  深沢コレクション
コウ名義で収蔵されている

下掲の名和旧蔵品も描彩は深沢蔵品とあまり差はなく、製作時期もそれほど離れていないと思われる。この作などには岩蔵から描彩を学んだ形跡が残っている。

〔 20.3cm(昭和15年頃)(日本こけし館)〕 名和コレクション
〔 20.3cm(昭和14年頃)(日本こけし館)〕 名和コレクション

下掲写真の鹿間旧蔵は万之丞木地にコウが描彩したもの、〈古計志加々美〉の作例はこれに近い。この面描は岩蔵よりは万之丞の様式に変わってきている。

〔15.8cm(昭和16年7月)鹿間時夫旧蔵〕
〔15.8cm(昭和16年7月)鹿間時夫旧蔵〕

髷は大沼岩蔵より伝承といわれ、地蔵型を除くほとんどすべての作にこれを描いていが、下掲写真中央の田村蔵のように髷のないものもたまに存在する。胴模様には菊・桔梗・撫子などがある。眉なし一筆目の地蔵型も作ったが出来はよかった。しなやかな女性らしい筆致で、髷に華麗な水引手の優雅なこけしを作った。

〔右より 17.2cm、18.3cm(昭和16年頃)(田村弘一)、20.9cm(昭和16年)(鈴木康郎)米浪旧蔵品〕
〔右より 17.2cm、18.3cm(昭和16年頃)(田村弘一)、
20.9cm(昭和16年)(鈴木康郎)米浪旧蔵品〕

〔18.2cm(昭和40年8月)(橋本正明)〕
〔18.2cm(昭和40年8月)(橋本正明)〕

〔伝統〕鳴子系岩太郎系列。

〔参考〕

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