四竈健康

四竈健康(しかまたけやす:1914~1945)

系統:弥治郎系

師匠:本田鶴松

弟子:

〔人物〕 大正3年10月18日、宮城県刈田郡小原村湯元23に生まる。桂屋旅館主四竃太郎兵衛・みつゐの長男、昭和8年3月旧制白石中学校を卒業した。日ごろ油絵等の絵心があったので、昭和15年ころに、本田鶴松や同亀寿の木地に描いたものが少数残っていて、それが〈鴻・1〉によって紹介された。昭和16年7月応召朝鮮羅南に入隊したが、同20年1月9日台湾安平沖で、陸軍輸送船の撃沈にて戦死した。行年32歳。妻栄子との間に子供なかった。
  

〔作品〕 渡辺鴻の発刊した雑誌〈鴻〉では、こけしの作者鑑別を行なったが、第1回となった第1号(昭和15年7月刊)での鑑別は小原の作者であった。下記の図版を掲げて、本田鶴松、亀寿、久雄、四竈健康の鑑別について議論した。これが四竈健康のこけしの初出となった。


1.鶴松 2.亀寿 3.健康 4.久雄 〈鴻・1〉

製作期間は1年足らずであり、鶴松、亀寿の木地に健康が描彩を施したものが極少し残るだけである。眉、瞳の描線が極端に彎曲して特長のある顔のこけしであった。


〔 18.5cm(昭和15年)(西田記念館)〕 西田コレクション


〔23.0cm(昭和15年)(森川桂一)〕

〔伝統〕 弥治郎系栄治系列