我妻昇

我妻昇(わがつまのぼる:1983~)

系統:遠刈田系

師匠:早坂政弘

弟子:

〔人物〕昭和58年7月21日、仙台市の会社員我妻幸男、美代子の次男として生まれる。父の幸男は平成11年会社を退社し、ろくろ機械等を扱うティー・エム商会を設立、ろくろ機械、道具、木地製品の販売をはじめた。また、父幸男自身も仙台の遠刈田系こけし工人 小笠原義雄にろくろの技術を習って、木地玩具の製作を行っている。ただし、幸男はこけしの製作は行っていない。
我妻昇は、幼少時代から絵を描くのが得意で、全国教育美術展で特選に選ばれたこともあった。また学生時代から、父のろくろを使って独楽などを挽き、家業の手助けをしていた。
平成18年に東北文化学園大学 科学技術学部 環境計画工学科を卒業した。学生時代から音楽も得意で、シンガーソングライターNoBoRuとしてアーティストの活動を続けている。
平成27年より父幸男の経営するティー・エム商会で働くようになった。ろくろ機械等の営業でこけし工人のもとをまわるようになり、工人たちの人柄に感銘を受けると同時にこけし製作に憧れを持った。
平成27年8月こけし製作を志し、修業期間3年の約束で、青葉区
芋沢字沢田下の早坂政弘の弟子となった。平成29年末より、こけしの描彩の練習も行うようになった。
我妻昇名義のこけしの初作は平成30年4月1日である。平成30年8月末まで早坂政弘の下で指導を受け、以後弟子上がりをして独立する。それまでは昼は師匠早坂政弘の下で修業し、夜は仙台市泉区にある父の工房でこけしや木地玩具の製作を行っている。

我妻昇 平成30年

〔作品〕遠刈田の早坂政弘の作風を継承している。松之進、好秋、我妻吉助、佐藤正広、早坂政弘と続く系譜であり、その後継工人として大成することが期待される。


〔右より 24.3cm、18.7cm(平成30年4月1日)(目黒一三)〕 初作

 〔伝統〕遠刈田系吉郎平系列

〔参考〕

 

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