根本与市

根本与市(ねもとよいち:1880~1942)

系統:弥治郎系

師匠:佐藤栄治

弟子:

〔人物〕 明治13年6月25日、福島県伊達郡川俣町字瓦町60の旅館業根本仙十郎・チウの六男に生まれる。小学校卒業後養蚕の審査員等をやったが、脚気になりその治療のため飯坂温泉に行った。その折見た木地業が自分に向いていると思い、明治27年旧11月15日、15歳で飯坂の佐藤栄治に入門、木地修業こけしも挽いた。同34年22歳で年期あけ、川俣の自宅に帰り開業した。4年間営業、瓦町19に移り、明治41年までいたが以後中丁に移った。織機の木管が主な需要であった、こけしは湯治に行って土産物が足りなくなった人に頼まれて作るくらいであった。妻タマとの間に利喜治、輿二郎、キヨ、タカ、辰吉、喜七の四男三女がある。長男は東京都に移った。
昭和17年3月2 7日没。63 歳。

〔作品〕 鹿間時夫は〈こけし辞典〉で「深沢コレクションにある七寸六分が唯一の物である。昔を思い出して作った描彩蕪雑なものであるが、62歳当時の草書体は洒脱で、菖蒲模様を配し、頭の背面に人型の飾りを赤青で描いている。八幡屋のこけしが撥鼻であるのに、彼のは猫鼻であるのが興味をひく、明治30年前後の八幡屋のこけしの面影を示すかもしれず、貴重な資料である。」と書いた。
深沢要は、この根本与市と会って、作品を手に入れたことを大変重視していて、〈こけしの追求〉の作者小記に独立させて取り上げるとともに、口絵写真にも使った。下掲写真がそのこけしで、昭和16年に訪問したときに有り合わせの材料で作ったもの。深沢要は「無造作のうちにも確かなものを覗かせている。」と評した。


〔 22.5cm(昭和16年)(日本こけし館)〕 深沢コレクション

上掲のこけしが与市唯一の物と鹿間時夫は書いたが、深沢コレクション中にはあるいは根本与市の古作かと思われるこけしがある。下掲がそのこけしである。
胴模様は上掲のものに比べて重厚、はるかに佐藤栄治に近い。面描は薄れた後に後描きした形跡がありよくわからない。ただ素人が元の面描を再現しようと後描きしたのであれば、猫鼻を描いてあり根本与市を彷彿とさせる。木地の形も栄治と言うより上掲の与市に近い。ここでは与市の可能性のある資料として紹介する。


〔 20.0cm(昭和16年)(日本こけし館)〕 深沢コレクション

〔伝統〕 弥治郎系。
岩附義正が根本与市型を作ったことがある。

 

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