庄子文治

〔人物〕明治36年生まれ。仙台の佐藤賢治について木地を修業し、やはり賢治の弟子であった加納伝三郎が経営していた工場で働いた。東京こけし会の機関紙〈こけし・8〉(昭和15年7月)に「近々仙台こけし会より頒布される」という山田猷人の報告と木地を挽く写真が紹介された。このとき名前は文次と記されていた。
その後、こけしは頒布され、仙台きぼこ会の会誌〈きぼこ〉に写真掲載された。
こけしの製作はおそらくその時だけであり、作品数は限定的である。
以後の消息は不詳。   

庄子文次 昭和15年 撮影:山田猷人

〔作品〕〈きぼこ〉の写真は、不鮮明であるが〈こけし辞典〉にも複写掲載された。胴下部に胞吉風の台をつけ、五弁の花を描いたもの、面描は加納伝三郎の弟正八に近い。おそらく加納伝三郎工場で正八とは同時期に働いたことがあったのだろう。

 
〔26.4cm(昭和15年6月)(〈きでこ〉掲載)〕

〔伝統〕独立系 仙台一般型

 

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