作成者別アーカイブ: hashimoto

小椋久四郎

〔人物〕明治11年7月19日、秋田県雄勝郡皆瀬村川向二五六の木地業小椋徳右衛門・マサの四男に生まる。母マサは小椋勇右衛門の妹である。亀治、庄太郎、米蔵は兄、石蔵は弟である。姉カネは塗師小野寺梅太郎の嫁となった。木地は父徳… 続きを読む

小野寺重一

〔人物〕明治41年11月25日、秋田県雄勝郡大館の小野寺忠次郎の長男に生まれた。元来塗り物の下木地を挽いていたが、小椋啓太郎に依頼されて、戦前より啓太郎のこけしの描彩を行っていた。戦後は啓太郎のこけしの描彩は小野寺岩蔵が… 続きを読む

小椋正吾

〔人物〕昭和9年4月20日、秋田県雄勝郡稲川町大館の小椋正治、シエノの三男に生まれる。父の正治は久四郎の兄庄太郎二男であるが、明治32年に一家で川連大舘に移った。母のシエノは久四郎の長女である。正吾は父の正治について木地… 続きを読む

小椋利亮

〔人物〕昭和30年12月22日、秋田県雄勝郡皆瀬村川向(通称木地山)の小椋宏一、リヨの長男に生まれた。祖父小椋久太郎に可愛がられ、幼い頃から木地挽きの手ほどきを久太郎から受けた。幼い利亮を久太郎が手をとるように教えている… 続きを読む

小椋宏一

〔人物〕  昭和6年1月20日、秋田県皆瀬村川向(木地山)の小椋久太郎・ミヨの長男に生まれる。昭和19年小学校卒業後、父久太郎のもとで木地の手伝いを行った。昭和26年より本格的に木地の修業を開始、久太郎のこけし… 続きを読む

我妻勝之助

〔人物〕明治8年(推定)、宮城県刈田郡宮村遠刈田小妻坂に生まる。明治24年17歳のとき、遠刈田新地の佐藤周治郎について木地を習得。周治郎とともに大宮源ハエ揚の職人として働いた。 明治27年20歳のとき木材の重量を測るため… 続きを読む

高橋いと子

〔人物〕大正11年11月6日、宮城県鳴子の高橋覚五郎の娘に生まれた。祖父は高橋覚左衛門で沢ロ吾左衛門文書(明治21年4月)の木地挽ノ部に名前を記載された木地師であった。 昭和30年代末頃から鳴子駅前通りにあった及川正夫商… 続きを読む

山下洋

〔人物〕昭和18年1月15日生まれ。昭和33年に鳴子の大沼宜輔の工場に職人として入り、木地を修業した。先輩職人に菅原直義がいて、そのこけし作りに学んで洋もこけしを作るようになった。 ただ製作期間は短く、昭和37年ごろに転… 続きを読む

松田淑子

〔人物〕昭和5年2月25日、宮城県岩出山の大場忠の長女として生まれた。鳴子のこけし工人松田三夫と結婚した。松田忠雄は長男である。夫三夫のこけし製作を手伝っていたが、義父松田初見や三夫のこけし描彩を見ながら学んで、昭和40… 続きを読む

軽部留治

〔人物〕鶴岡市家中新町の郷土人形作家。温海の阿部常吉や、その他の工人のこけし木地に描彩し、おもに鶴岡の物産問屋丸金商店(阿部金治郎経営)より販売した。 昭和15年4月8日没、行年51歳。  〔作品〕〈こけし辞典… 続きを読む