カテゴリー別アーカイブ: 遠刈田系

熊谷祐太

〔人物〕昭和60年3月に生まれた。平成21年25歳の時、宮城県蔵王町の「伝統こけし工人後継者育成事業」に応募し、これに採用されて伝統こけしの製作を学んだ。この時採用されたのは、熊谷祐太のほか日下秀行、達曽部早苗(佐藤早苗… 続きを読む

我妻芳夫

〔人物〕昭和7年5月8日、宮城県柴田郡川崎町青根の木炭製造業我妻市三郎、せよの六男に生まれる、我妻市助は長兄にあたるが、昭和16年に海軍に入隊し昭和19年6月1日戦死した。 昭和21年尋常高等小学校を卒業後、兄市助の師で… 続きを読む

我妻敏

〔人物〕 昭和25年1月19日仙台市の我妻吉助の長男に生まれる。昭和42年に仙台商業高校を卒業後、日立製作所に入社して仙台支社に3年、東京本社に1年勤務した。その後退社し、昭和47年1月に実家に戻って父吉助について木地の… 続きを読む

我妻信幸

〔人物〕昭和10年2月20日、宮城県刈田郡遠刈田温泉の木地業我妻与四松の次男に生まれた。長兄は昭三。昭和25年から新型こけしを描いていたが、昭和35年に父与四松が本格的に伝続こけしを姶めたのを機会に、描彩の手ほどきを受け… 続きを読む

佐藤照雄

〔人物〕大正8年6月30日、佐藤豊治二男として遠刈田温泉に生まる。佐藤三蔵は五男、佐藤里見は六男でそれぞれ照雄の弟にあたる。昭和6年小学校卒業後、上京してブリキ玩具製作所で働いたが、昭和9年に倒産したため福島仲間町に移り… 続きを読む

佐藤静助

〔人物〕明治34年9月15日、佐藤周吾・イシの長男として宮城県柴田郡川崎村青根温泉に生まる。朝倉家へ養子に行った英次は静助の次弟にあたる。大正3年より父周吾につき木地挽を始め、盆、鉢、こけし、玩具類等を作った。大正6年こ… 続きを読む

佐藤武雄

〔人物〕 大正3年6月22日宮城県秋保の佐藤三蔵、よしの長男に生まれる。小学校卒業後、昭和元年ころから父三蔵につき木地修業を開始した。この頃三蔵の仕事場では弟子の菅原庄七が働いていたので、実際の指導は庄七によるところが大… 続きを読む

佐藤円夫

〔人物〕 昭和17年6月10日、宮城県名取郡秋保町薬師のこけし工人佐藤武雄の長男に生まれる。戸籍名は一夫。姉に節子、弟に武志がいる。祖父は菅原庄七の師匠佐藤三蔵である。学校卒業後、父の武雄について木地挽きをはじめ、さらに… 続きを読む

今野運作

〔人物〕大正8年5月14日生まれ。仙台市産業局共同工業指導所にいた及川吉郎について木地およびこけし製作を学んだ。仙台市泉区実沢に住んでこけしの製作を行った。   〔作品〕師の及川吉郎は遠刈田の佐藤孝之助について… 続きを読む