新山栄七

嘉永元年9月19日、宮城県刈田郡福岡村八宮の新山栄吉、いのの長男に生まれた。父栄吉は新山友蔵家から分家して木地を挽き、文久2年の弥治郎山神講中十軒の一つとしてその名を見る。父栄吉が分家して入ったのは、弥治郎を離れた佐藤市… 続きを読む

西須政芳

〔人物〕明治40年、米沢市御守町の西須政太郎の長男として生まれた。本名政義、こけしに署名するときだけ政芳を用いた。大正9年県立米沢工業学校を卒業、春日町で石井木工所を経営していた石井酒(みき)に弟子入りした。石井酒は岐阜… 続きを読む

佐藤茂利治

明治40年11月4日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の佐藤茂吉五男に生まれた。大正10年ころから兄の佐藤円吉について、木地を修業した。一人前となって及位の佐藤文六の駅前工場に行って働き、その後仙台の兄孝之助の工場で職人をした… 続きを読む

佐藤茂七

嘉永5年11月20日、佐藤友吉長男として遠刈田新地に生まれた。文久3年、12歳で父友吉につき二人挽ロクロを修業、以後二人挽ロクロで通した。佐藤友晴著〈蔵王東麓の木地業とこけし〉によると茂七はこけしを多く作ったというが、そ… 続きを読む

武田卯三郎

〔人物〕明治27年7月8日、山形県東村山郡津山の武田春吉、フクの長男に生まれた。父の春吉は東村山郡高瀬村切畑の神尾家より武田家へ養子に入った人。母のフクは卯三郎が5歳の時に亡くなったので、父春吉は実家に帰り神尾姓に戻った… 続きを読む

丹野倉治

青根の商店主であり、また木地工場を経営した人物。 明治15年ころから遠刈田新地や箱根から木地製品を仕入れ、これを青根温泉の浴客に商っていた。職人を雇い自らの工場で浴客からの需要が高かった木地製品を生産することを思いたち、… 続きを読む

旭川

北海道旭川市。北海道北中部の上川盆地に位置し、交通の要地であって札幌に次ぐ北海道第2の都市、政治・経済・文化の中心地となっている。 旭川市神楽町には、大正7年に秋田県大館より移住した木地山系の小椋米吉一家がいて木地業に従… 続きを読む

鈴木三吉

安政2年ころ宮城県栗原郡築館町玉沢に生まれた。34歳(明治21年)ころ、中年になってから青根の丹野の工場にいた佐藤茂吉の弟子になった。茂吉のもとで1年たらず修業したが蔵王高湯の斎藤藤右衛門の要請で半途職人のまま、阿部常松… 続きを読む

佐々木清

大正12年、佐々木金次郎次男として青森県南津軽郡山形村大字板留字宮下に生まれた。昭和2年、兄の金一郎と共に大鰐町に移住。昭和12年高等小学校卒業後、父金次郎につき木地を修業した。昭和18年、一時軍隊へ入った以外木地業を続… 続きを読む