河村辰治

明治13年9月1日、秋田県由利郡本荘の佐藤與吉・タケの四男に生まる。姉キクの夫である國松美登里より木地を習得した。佐藤家も國松家も本荘二万五千石に仕える士分の家であったが、維新後の失業時代であったため手に職を付ける必要が… 続きを読む

新山勝祥

〔人物〕昭和17年3月31日、宮城県刈田郡福岡村八宮弥治郎の新山定雄の長男に生まれる。昭和30年頃より父定雄について木地の練習を始めた。昭和33年ごろから数年間こけしを製作したが、30年代後半に転業し以後こけし製作は行っ… 続きを読む

大沼甚五郎

鳴子大沼甚五郎は岩太郎の父の甚五郎と、その甚五郎の孫にあたる甚五郎がいる。ここでは後者の甚五郎について記述する。 先代甚五郎の次男大沼甚三郎には長男岩蔵、以下甚四郎、甚五郎、万之丞、健三郎の子供がいた。 三男甚五郎は、明… 続きを読む

小川文男

〔人物〕 昭和25年5月5日、宮城県亘理郡亘理の農業小川隆の二男に生まれる。昭和48年より木地の修業を始めた。最初は仙台の佐藤雅弘に師事して木地の技術を学び、さらに遠刈田の佐藤哲郎の指導を受けた。その後、故郷に近い岩沼に… 続きを読む

佐藤広一

〔人物〕大正7年1月19日、宮城県刈田郡遠刈田新地の木地業佐藤広喜の長男に生まれた。昭和8年より父広喜につき木地を修業した。北岡仙吉の工場で働いていたが、昭和14年に巡査となり木地を廃業した。昭和16年応召し、昭和17年… 続きを読む

米坂楓

〔人物〕平成7年12月15日、青森県黒石市境松町の米坂昌二、恵子の間の二人姉弟の長女に生まれた。平成26年3月に黒石商業高校情報デザイン学科卒業、神奈川県の企業に就職するが体調を崩して6月に帰郷した。その後黒石市内の会社… 続きを読む

村上蔵吉

明治28年、宮城県刈田郡円田村平沢の村上政五郎の次男として生まれた。明治40年13歳の時、遠刈田の佐藤善八に弟子入りし、5年間木地を習った。その後及位の佐藤文六の工場、肘折の最上木工所、湯田の小林木工所等を経て、大正15… 続きを読む

長谷川清一

〔人物〕 明治31年4月18日、秋田県鹿角郡十和田町城ノ下の大工職長谷川長蔵、みよの長男として生まれる。大正3年17歳の頃に日光から来た小林弥七について木地を習得した。6ヵ月の修業後独立し、大湯で開業した。昭和5年〈日本… 続きを読む

日本こけし館

日本こけし館は、宮城県大崎市鳴子温泉尿前74-2にあり、こけし文化のセンターとなることを目的に建設された。 こけし館が建てられるきっかけとなったのは、昭和28年に深沢要のコレクションが鳴子町に寄贈されたことであった。長い… 続きを読む

佐藤英之

〔人物〕昭和52年8月2日福島県いわき市平の佐藤誠孝、美喜子の長男に生まれる。父の誠孝はいわき市で「木地処さとう」を開設し、こけしや木地製品の製作販売を行っていた。英之は15歳で奈良県の天理高校に入学、卒業後大阪の関西外… 続きを読む