燐票とはマッチの箱に貼られたラベルあるいはレッテルのこと。マッチを漢字で燐寸と書くのでそのラベルを燐票という。
大正期から戦後までの時期、商店、理容美容室、飲食店、旅館などでは来客に店を象徴するようなデザインを凝らした燐寸(マッチ)を景品として渡すことがよく行われた。電話番号や住所が印刷されている場合も多く、一種の名刺代わりでもあった。
この燐票にこけし関連のデザインが使われることがあった。
天江富弥は、昭和8年に上野に勘兵衛酒屋を出店、その後、銀座、新宿、池袋店を開店し、その経営を行った。天江富弥の〈炉盞春秋〉によると、勘兵衛酒屋の常連には高村光太郎、棟方志功、太宰治などの著名人もいたが、特に美大生たちに愛されたとある。
なお仙台の天江の店炉ばたの燐票は有名になる前の棟方志功のデザインであったという。下掲のものがそれであるかは不明。
近年ではたばこの点火にマッチを使用することはほとんどなくなり、顧客にマッチを配ることもあまり見なくなったが、かつては気の利いたデザインとして景品のマッチ箱にこけしの図案が用いられたことがあった。
愛煙家のこけし愛好家はこうした燐票も大切に保存した。