佐藤秀一(木地山)

佐藤秀一(木地山)(さとうひでいち(きじやま):1927~2009)

系統:木地山系

師匠:佐藤兼一

弟子:阿部市五郎

〔人物〕  昭和2年8月7日、秋田県川連町大館の佐藤兼一・利恵の長男に生まれる。古関久太郎の工場に勤め、見取りで椀挽きを習得した。古関久太郎はもともと小椋米吉の弟子で、のち塗物の親方になった人。
その後、秋田県大湯の奈良靖規の工場で働き、昭和41年頃に大館に戻って椀木地を専門に挽いた。
昭和43年に父兼一が倒れ、一時こけしを作れない時期があり、その秋頃から椀木地の合間に、こけしも作るようになった。間もなく回復した兼一とともに親子でこけしを作った。
父兼一が昭和56年に亡くなったあとは、秀一が一人でこけしを作り続けた。昭和60年頃、阿部市五郎にこけしの指導をしたことがある。平成21年2月7日、行年83歳で亡くなった。

〔作品〕 こけしを作り始めたころは、父兼一が作っていた泰一郎型を踏襲していた。当初から完成度の高い作品であった。下の写真は昭和44年作で初作に近いが、泰一郎の最盛期の作を見事に再現出来ていた。

〔右より 22.0cm、18.2cm(昭和44年7月)(橋本正明)〕
〔右より 22.0cm、18.0cm(昭和44年7月)(橋本正明)〕

泰一郎型の他に、柴田鉄蔵型、樋渡治一型等も作った。

系統〕  木地山系