高橋仲代

高橋仲代(たかはしなかよ:1900~1987)

系統:土湯系

師匠:見取り

弟子:

〔人物〕 明治33年6月15日生まれ。福島県土湯温泉の高定商店主に嫁いだ。昭和12年ころより阿部治助の木地に斎藤太治郎風の面描を施して、高定商店で売るようになった。深沢要の〈こけしの微笑〉口絵「こけし絵と女性」によると、高橋仲代は「店で売る治助のこけしの顔が可愛くないのを気にして、治助の生地に顔を自分が描いて店に出していた」そうである。そのため仲代のこけしは、面描のみ仲代、木地およびロクロ模様はほとんどが治助である。ただし、治助以外の木地もあるかもしれない。昭和13年刊の〈東北の玩具〉のこけし製作者リストの中にも高橋仲代の名が出た。
太治郎のこけしは入手困難であったため、仲代のこけしは良く売れたと語っていた。製作は昭和18年ころまであり、戦後は特別な場合以外には描彩していない。
後年阿部計英の弟子となりこけし工人となった高橋賢三は仲代の息子である。
昭和62年2月3日没、行年88歳。

高橋仲代 昭和41年

高橋仲代 昭和41年

〔作品〕 仲代作のほとんどは、治助木地、治助のロクロ模様に太治郎風の面描を描いたものである。ただ眉や目じりは下がっていて、太治郎に比べるとやはり女性の描彩と言う印象を受ける。
〈こけし手帖・70〉に福島の佐久間貞義が高橋仲代について書いている。それによると、深沢コレクション中に高橋仲代の処女作が有ったとあるが、現在日本こけし館の深沢コレクション中には確認できない。


〔 9.3cm(昭和13年ころ)(北村育夫)〕

〔26.5cm(昭和14年9月)(鹿間時夫旧蔵)〕
〔26.5cm(昭和14年9月)(鹿間時夫旧蔵)〕 木地は治助。

系統〕 土湯系一般型。特に太治郎、治助と師弟関係が有ったわけではなく、見取り模倣で製作をおこなった。

〔参考〕

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