佐藤忠雄

佐藤忠雄(さとうただお:1939~)

系統:南部系

師匠:佐藤英吉

弟子:なし

〔人物〕 昭和14年10月16日、岩手県稗貫郡花巻町南鍛冶町の木地師佐藤英吉・ぬい三男として生まれる。忠雄が5歳の頃一家は花巻町相生町へ転居した。昭和30年4月花巻中学校卒業後、父英吉が勤務する君塚木工所へ就職し木地師となる。英吉は同年5月に退職したが忠雄自身は平成11年10月の定年までこの会社で働いた。ここでは茶托や菓子鉢等の木工製品を挽いたという。昭和41年6月に市内西宮野目へ転居、同43年12月東和町東晴山の及川喜久子と結婚し3女の父となる。昭和46年頃白内障により製作数を減らした英吉の奨めもあって描彩の指導を受けるようになり、同47年にこけし作りを開始した。昭和49年2月市内中根子に家と作業場を新築し、クラフトライフ君塚(社名変更後の君塚木工所)退職後も同地でこけし・木地玩具の他、盆・棗(なつめ)等を製作している。

佐藤忠雄
佐藤 忠雄:平成27年3月8日

〔作品〕 初めは英吉の本人型(一側目・割鼻)のみであったが、昭和49年より音治型の製作を開始した。父英吉と比較すると筆使いは若々しく、表情に勢いを感じさせた。工場の勤務時間を終えて帰宅後に製作していたため、開始以後10年程は作品数は必ずしも多くはなかった。
昭和63年7月には柴田長吉郎氏の依頼により石井眞之助旧蔵の照井音治古作を復元し、ある程度の成功をおさめた。これは同年の友の会35周年記念頒布品となっている。

〔右より 30.3cm(昭和54年)、36.4cm(昭和56年)(高井佐寿)〕
〔右より 30.3cm(昭和54年)、36.4cm(昭和56年)(高井佐寿)〕

〔右より 17.9cm、18.2cm(平成27年2月)(庄子勝徳)〕
〔右より 17.9cm(平成27年2月)音治古型、18.2cm(平成27年2月)音治型(庄子勝徳)〕

系統〕 父の佐藤英吉が及位の佐藤文六の弟子であったことから木地系列は肘折系文六系列に分類される。一方で英吉の祖型となった照井音治のこけしは青根の流れを汲み、胴模様も遠刈田系に近い。ただ南部系の様式を取り入れたキナキナ式の頭の嵌め込みを採用し、また産地が南部の文化圏であることから、今日では照井音治も、そしてその型を継いだ英吉、忠雄も南部系に分類されることが多い。

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