タグ別アーカイブ: 佐久間米吉

佐久間浅之助

〔人物〕 弘化4年12月22日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町の稲荷屋佐久間弥七、タカの長男に生まれる。戸籍表記は淺之助。母タカは二階堂藤四郎の二女。稲荷屋は祖先の作兵衛の時代に二本松往復時、狐に助けられたのにちなみ命名して… 続きを読む

佐久間七郎

〔人物〕明治18年4月1日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町の木地業湊屋の佐久間浅之助、ノエの五男に生まれる。〈こけし辞典〉記載の生年月日は弟米吉と混同しており誤りである。長兄由吉、以下粂松、常松、源六の兄が居り、弟に米吉、虎… 続きを読む

佐久間米吉

〔人物〕明治19年12月12日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町28の湊屋佐久間浅之助、ノエの六男として生まれる。長兄は由吉、以下粂松、常松、源六、七郎と続く兄が居て、弟に虎吉がいた。 明治35年、17歳から父浅之助について木… 続きを読む

岩附義正

〔人物〕 昭和23年6月25日、埼玉県草加市岩附五郎の長男に生まれる。本名は政美。実家は鉄工所経営。将来は工場を継がせるため、親は機械技術を学ぶことを勧めたので、日大一中、日大一高を経て日大理工学部に進み機械工学を学んだ… 続きを読む

かせ

漢字表記は「綛」。本来の意味は、紡いだ糸を取り扱いに便利なよう、一定の大きさの枠に一定量巻いて束にしたもの。その束を一綛、二綛と数えた。綿糸の場合、一綛は約768メートル。 こけしで「かせ」という場合は、土湯系のこけしの… 続きを読む

佐久間常雄

〔人物〕 明治39年9月10日、佐久間常松、ミノの二男として土湯下ノ町に生まれた。父常松は湊屋佐久間浅之助の三男、浅之助ゆずりのデコをよく描き、凧絵も得意であった。湊屋離散とともに明治39年11月北海道開拓民として家族を… 続きを読む