タグ別アーカイブ: 佐藤松之進

佐藤広喜

〔人物〕 明治22年6月15日、宮城県柴田郡金ケ瀬村大槻源五郎、ひろのの六男として生まる。母ひろのは松之進の父友治の妹で、大槻源五郎に嫁いだが、源五郎が大陸に渡り死亡したため、明治24年に広喜を連れて遠刈田新地の実家に帰… 続きを読む

我妻与四松

〔人物〕 明治33年12月5日、遠刈田の鋤鍬柄師我妻与七の長男に生まれた。大正元年遠刈田尋常高等小学校を卒業後、吉田畯治の木地工場に入り、食費自弁の契約で働いた。当時吉田の木工所には、佐藤治平、佐藤倉吉(平沢出身、吉郎平… 続きを読む

佐藤松之進

〔人物〕明治8年5月20日、佐藤友治・いちの長男として遠刈田新地に生まる。戸籍名佐藤松之助。古い文献では明治5年生れとされているが誤りである。明治14年小学校入学以来、学校の帰りに、本家の友吉のこけし描彩等を熱心に見てい… 続きを読む

六郷満

〔人物〕 昭和6年12月11日、宮城県白石市の公務員六郷直、きしの五男に生まれる。満の父、直は、若いころ教師をしていたが、満が出生した昭和6年には営林署の山巡査をしていた。母きしは昭和13年満が7歳の時に病死した。父は再… 続きを読む

佐藤治平

〔人物〕 明治16年1月11日、遠刈田新地の佐藤菊治、よねの三男に生まる。佐藤重松、重吉は兄。明治28年尋常小学校を卒業し、13歳で青根の丹野工場の職人をしていた兄重松につき木地を修業した。明治29年、重松が新地に引き上… 続きを読む

稲子木地講習会

宮城県当局の後援、補助金により、大正7、8年の冬期間二回にわたり宮城県刈田郡七ケ宿村大字湯ノ原字稲子で開かれた木地講習会、講師は遠刈田新地の佐藤松之進。受講者一二名。上の佐藤豊七郎の小屋にロクロを取りつけ、遠刈田で挽く木… 続きを読む

木地細工製作寸法帳

宮城県当局の後援、補助金により、大正7、8年の冬期間二回にわたり宮城県刈田郡七ケ宿村大字湯ノ原字稲子で木地講習会が開催された。講師は遠刈田新地の佐藤松之進であった。 受講者は、大葉与一郎、大葉亀之進、佐藤豊七郎、熱海嘉兵… 続きを読む

佐藤康広

〔人物〕 昭和51年4月26日、宮城県宮城郡宮城町芋沢大竹新田下の木地業、佐藤正廣の二男に生まれる。高等学校の時代からロクロには親しみ、独楽などは既に挽いていた。学校を卒業後、サラリーマン生活に入り、測量会社では約8年間… 続きを読む

佐藤正廣

〔人物〕 昭和13年7月27日、樺太豊原市の農業佐藤廣助、まつの二男(八人兄弟の末子)に生まれる。終戦により一家は引き揚げ、宮城県宮城町に居を定める。昭和30年宮城町大倉中学校を卒業後、我妻吉助について木地を修業した。 … 続きを読む

大葉亀之進

〔人物〕  明治37 年1月20日、宮城県刈田郡七ヶ宿村稲子の林業大葉与一郎・やす長男として生まれる。大正7年・8年の2冬に宮城縣の後援・補助金により開かれた稲子木地講習会で佐藤松之進より講習を受け修業した。こ… 続きを読む