西田静波

西田静波は明治31年9月4日生まれ、本名は清次郎、堂号は亀楽洞。大阪市東区横堀2丁目17番に居住していた。棕梠(シュロ)商で、主に刷子(サッシ、刷毛)製品を商っていた。大正初期から郷土玩具全般を集め、特に亀の郷土玩具が始… 続きを読む

西山英子

〔人物〕昭和27年5月21日、福島県土湯温泉のこけし工人西山憲一の娘に生まれる。家業がこけし作りであったため、こけしの描彩には興味を持っていたが、昭和57年より父憲一の木地に正式に描彩し、作品を発表するようになった。福島… 続きを読む

西山勝次

〔人物〕 明治17年12月25日、福島県信夫郡土湯村上ノ町に生まる。木地業西山辨之助・ヨネの長男。兄弟はシモ、トク、源助、弥三郎、イト、政次、スイ、トメ、マツの四男六女であった。祖父の濱吉は佐久間亀五郎の二男で、西山長太… 続きを読む

西山敬三

〔人物〕  大正7年8月10日、西山源助・アキの三男として、福島県土湯村字杉ノ下48 に生まる。西山徳二の次弟にあたる。終戦で帰還後、昭和22年佐藤佐志馬について木地を習得した。兄徳二も木地を挽いていたが戦死したので、兄… 続きを読む

西山憲一

〔人物〕 大正9年6月13日福島県土湯温泉木地業西山勝次・キクの三男に生まれる。昭和10年高等小学校卒業後、父勝次について木地を修業、こけしの製作は戦後の昭和22年頃より行うようになった。名前は〈鴻〉の時代より知られてい… 続きを読む

西山徳二

〔人物〕  大正5年5月8日福島県信夫郡土湯の農業西山源助、アキの二男に生まれる。七男四女の兄弟姉妹がいた。後にこけしも作った西山敬三は次弟三男である。14歳で荒井村の尋常高等小学校を卒業後、実家の農業を手伝い、また炭焼… 続きを読む

西山敏彦

〔人物〕  昭和34年6月30日、福島県土湯温泉の木地業西山憲一・キヨの三男に生まれる。 昭和53年3月福島県立福島商業高校を卒業後、飯坂温泉のホテル聚楽㈱に入社、昭和55年転職して東北ムネカタ㈱で働いた。平成… 続きを読む

西山濱吉

天保元年4月7日、福島県信夫郡土湯村の佐久間亀五郎の二男に生まれた。長兄は佐久間弥七、浅之助、作蔵は甥にあたる。木地の技術は父亀五郎より修得した。同村の西山長太郎長女サクと結婚し、西屋西山金作(戸籍名弥三郎)の夫婦養子と… 続きを読む

西山辨之助

〔人物〕  嘉永5年11月13日、福島県信夫郡土湯村上ノ町の西山濱吉、サクの長男に生まれる。名前表記は文献によって「辯」「弁」が使われるが、戸籍上は「辨」が正しい。 父濱吉は佐久間亀五郎二男、土湯の首の回るこけしの創始者… 続きを読む

二瓶豊

〔人物〕生年月日、没年月日不詳。 仙台市のこけし工人で玩愚庵を経営した鈴木清の妻女峰子の従弟にあたる。仙台市八幡町石切に住んで、建設会社橋本組に勤務していた。戦後一時、鈴木清について木地を学び、自分の名義でこけしを店に並… 続きを読む