岩手県水沢の失明の木地師及川吉三の弟子で、佐藤七之助は兄弟子にあたる。師の及川吉三は大正4年から、東京本所中川幸八の依頼で、一個4銭で下木地を挽き、東京の三越で20銭で売った。晩年は水沢の小学校教諭石川勇治が絵付けをして… 続きを読む
小島俊幸
〔人物〕 昭和24年5月26日北海道名寄市の工夫小島正一・京子の長男に生まれる。昭和38年小学校卒業とともに青森県温湯温泉の佐藤善二のもとに移り、黒石市の東英中学校に通った。善二は東英中学でこけし教室を開き、希望の生徒に… 続きを読む
小島利夏
〔人物〕 昭和54年6月25日、青森県黒石市大字袋字白澤のこけし工人小島俊幸・和子の長女に生まれる。黒石商業高等学校卒業後、会社勤めをしていたが、平成24年12月父俊幸が急逝した事がきっかけとなって、こけし作りの継承を思… 続きを読む
古関菊一
秋田県稲川町大館の蒔絵師。腕はよく大館では町一番の蒔絵師と言われた。 大館の小椋正治のこけしのうち特製上手物の描彩は菊一が行っていたという。〈鴻・6〉によると昭和14,5年ころ、描き賃は一般に3銭くらいであったが、菊一の… 続きを読む
小関幸一
〔人物〕昭和28年10月22日山形県米沢市上郷町竹井の農業兼木地業小関幸雄の長男に生まれる。小関晴雄は叔父に当たる。昭和47年米沢中央高校を卒業後は家業の農業を主に手伝っていたが、その傍ら父の木地業のための材料搬入、木取… 続きを読む
小関栄
明治40年5月6日、土産物商小関栄吉の長男として尾花沢市銀山で生まれた。 大正11年12月と、大正13年12月の二回、銀山で安藤齢太郎を講師として木地講習会が開かれた記録がある。会場は第一回が鶴利平宅、第二回が伊豆定雄宅… 続きを読む
小関幸雄
〔人物〕 大正2年11月21日、山形県米沢市上郷町下竹井の小関清吉の長男に生まれる。小関晴雄は弟。父清吉は農業、冬は炭焼や山仕事に従事していた。昭和3年米沢市上郷尋常小学校卒業後家業を手伝ったが、その傍ら農業補修学校、青… 続きを読む
古関秀一
〔人物〕昭和5年9月13日生まれ。秋田県湯沢のこけし工人。 昭和期後半の短期間の製作で、経歴等詳細は不明である。 〔作品〕木地山系の前垂模様に横見梅を描いているが、師匠等不明であり、どういう系譜か定かではな… 続きを読む
古関節郎
〔人物〕大正11年に雄勝郡稲川町大館中野に生れた。木地山の小椋久太郎の妻ミヨの弟、また久太郎の母方の従弟にもあたる。秋田県川連の蒔絵師。兄に古関六平がおり、六平は岩手県工業指導所に行って、のちに漆工芸家として有名になった… 続きを読む
小関晴雄
〔人物〕大正14年8月17日、山形県米沢市竹井に生まれる。父は農業、炭焼業の小関清吉。こけし工人小関幸雄は長兄である。兄の幸雄について木地を修業しこけしの製作も行ったが、弥治郎新山福太郎の流れを汲む兄幸雄の方ではなく、小… 続きを読む