
〔人物〕昭和21年9月11日、製函業、木地業大賀貞治、よしの長男として仙台市東七番丁126に生まれた。昭和40年3月宮城県工業高等学校木材工学科を卒業した後、我妻吉助についてこけし製作を学んだ。我妻吉助は昭和37年頃から… 続きを読む
〔人物〕昭和21年9月11日、製函業、木地業大賀貞治、よしの長男として仙台市東七番丁126に生まれた。昭和40年3月宮城県工業高等学校木材工学科を卒業した後、我妻吉助についてこけし製作を学んだ。我妻吉助は昭和37年頃から… 続きを読む
〔人物〕 大正10年11月13日生。宮城県白石市小原字明戸の出身。昭和35年より小原温泉の本田亀寿について木地を修業、こけしも多く作った。〈こけし手帖・41〉で工人として紹介された。木地は中年からであるが、こけし作りが好… 続きを読む
〔人物〕昭和22年1月24日、山形県村山市楯岡の公務員海老名米次郎の長男に生まれた。平成3年45歳より楯岡の東沢公園内の工房でこけしを作っていた土谷幸作に師事して木地の技術を習得した。平成8年10月より自分のこけしを発表… 続きを読む
〔人物〕昭和26年11月16日、山形県米沢市の木地業梅津春雄の長男に生まれた。昭和42年17歳より父の春雄の指導の下に木地を挽くようになった。昭和45年県立米沢高等工業学校建築科を卒業した。木地一般の挽物が主であるが、昭… 続きを読む
〔人物〕 昭和43年2月1日、山形県山形市のこけし工人梅木修一の二女に生まれる。高等学校を卒業後、地元の会社に就職、20歳ころよりこけしの描彩を始めた。 会社勤めを続ける傍ら、平成元年ころより本格的にこけし製作を学び始め… 続きを読む
〔人物〕明治37年2月18日、福島県土湯温泉はるみ屋に生まれる。旅館の館主を勤めたが、佐藤左志馬に師事してこけしも作るようになった。ただし、館主の仕事が忙しく、製作数はわずかであった。昭和46年12月17日没。行年68歳… 続きを読む
〔人物〕昭和7年2月23日、山形県山形市高瀬の農業鑓水清右衛門の長女に生まれる。昭和29年に山寺字南院のこけし工人石山和夫と結婚した。石山敏幸は長男。夫和夫の仕事を手伝ううちにこけしの描彩に関心を持つようになり、昭和47… 続きを読む
〔人物〕昭和31年7月27日、山形市山寺字南院のこけし工人石山和夫、よね子の長男に生まれる。石山三四郎は父和夫の兄であり、伯父にあたる。昭和53年23歳より父の和夫についてこけし製作の指導を受けた。 〔作品… 続きを読む
〔人物〕昭和21年7月26日、山形県山寺の石山三四郎、きくの長男に生まれる。石山和夫は叔父にあたる。昭和37年中学校を卒業後、国立職業訓練所に入り、そのまま同所の溶接工場に勤めた。退所後一時上京して働いたが、間もなく山形… 続きを読む
〔人物〕 大正15年12月3日石沢角四郎・むねの長男として山形県釈迦堂に生まれる。東沢尋常高等小学校卒業後、溶接工として日本飛行機㈱に勤めた。戦後、山形市内の工場に勤務。ずっと木地には関係しなかったが、昭和40年11月よ… 続きを読む