山口収一

〔人物〕大正11年6月21日生まれ。長く教員を務め中学校の校長となったが、昭和51年55歳で停年退職した後、楯岡の東沢公園内の工房でこけし製作をしていた土谷幸作に師事して、こけし製作を習得した。平成元年には山形県こけし工… 続きを読む

佐藤吉弥

〔人物〕 明治29年11月6日、佐藤吉五郎長男として、遠刈田新地に生まれる。明治42年、父吉五郎や弟留吉、吉之助等と共に、新地の吉郎平家から分家して遠刈田温泉に移った。吉弥が木地を始めた時期については、佐藤友晴著〈蔵王東… 続きを読む

武田弘

山形市鈴川村印役の出身。小林倉吉の弟子だが、こけしは挽かない。大正8年頃に及位の落合滝の木工所で伊藤泰輔、神尾長八、柏倉勝郎、深瀬国雄、大宮安次郎、渡辺幸九郎などと一緒に働いたことがある。生没年その他詳細不明。なお兄の武… 続きを読む

阿部一郎

〔人物〕 大正14年1月8日、福島県土湯温泉木地業阿部新次郎・よりの長男に生まれる。阿部治助は伯父にあたる。昭和16年より父新次郎について木地を学んだ。こけしも作ったが、昭和18年には転業した。戦後の再開は昭和30年1月… 続きを読む

小林清蔵

〔人物〕明治28年1月12日、山形市旅篭町の木地業小林倉吉の長男としてに生まれる。明治40年13歳で尋常小学校を卒業した後、父の倉吉について木地の修業を開始した。 明治40年代に入ると山形の木地の需要は薄荷入れが中心とな… 続きを読む

新山友蔵

新山友蔵家は弥治郎の旧家で、旧藩時代には代々領主の御山立と御山守を勤めた。新山の二代目の先祖が柳の木で作った山神様の御神像を背負い、山形県飽海郡北俣村新山(現在の平田村北俣)より山を越えて弥治郎に来たといわれる。友蔵家に… 続きを読む

伊藤兵太郎

明治23年8月27日、秋田県小安の農業木地業旅館業の伊藤政治の長男に生まれた。伊藤儀一郎は義兄。伊藤常治は弟にあたる。 父の政治について木地を学び、筆立て、煙草入れなどの木地製品を作った。こけしも挽いたというが、描彩まで… 続きを読む

平賀忠

〔人物〕 昭和12年9月28日、宮城県作並の平賀多蔵の長男に生まれる。父多蔵は昭和16年に出征、18年にガダルカナルで戦死したので、父から木地を習う機会はなかった。 昭和28年広瀬中学校卒業、その年17歳で山形の小林誠太… 続きを読む

佐藤寅治

〔人物〕 慶応2年11月18日、宮城県刈田郡宮村161(遠刈田新地)の佐藤周右衛門、志の二男に生まれた。母志のは刈田郡曲竹の松嵜長兵エの長女。寅治は明治10年12歳より父周右衛門につき二人挽きロクロを修業した。明治17年… 続きを読む

橋田素山

本名繁彦、日本橋の生まれで大正10年9月に没した。趣味に生きた人で加山道之助可山とも親しく、土俗玩具の先駆者のひとり。もともとは納札、千社札の蒐集家で、著書に納札関係の文献史〈千社万別〉がある。 斎藤昌三はこけし蒐集の草… 続きを読む