佐藤好秋

〔人物〕 明治39年11月20日、遠刈田新地佐藤松之進・あきの次男として遠刈田新地に生まれる。大正8年尋常小学校在学中より、松之進につき木地修業。コマ・ヤミヨ等を作った、松之進長男松三郎は夭折、三男進は27歳で死亡、四男… 続きを読む

田崎弥蔵

明治から大正にかけて山形市旅篭町で開業していた家具屋の主人。 田崎家具店では、岡崎栄治郎、海谷善蔵、佐竹林之助、白川久蔵、石沢角四郎、鈴木幸之助等多くの木地職人が働いた。こけしを挽いたのではなく椅子や机の脚など、家具の部… 続きを読む

阿部新一

〔人物〕昭和3年7月20日、福島市の阿部源之助の長男に生まれる。実家は仏像なとを作る木地細工師であったが、新一は土湯の渡辺等についてロクロの技術を習得した。昭和50年頃より渡辺等の様式を継承して、福島市荒井地蔵原でこけし… 続きを読む

蔦幹夫

〔人物〕昭和29年3月27日、山形県米沢市小野川のこけし工人蔦衛の長男に生まれる。父衛の指導により高校時代より木地を挽くようになり、昭和54年頃一時期こけしを製作したが、まもなく休止し、土産物店つたやの経営に専念するよう… 続きを読む

川口貫一郎

戦前の東京こけし会の創立に関わって〈こけし〉誌(昭和14年6月~昭和19年1月)を編集発刊、戦後は伊勢にて〈こけし〉誌(昭和24年1月~昭和47年7月)を142号まで発刊した。東京こけし会の中心メンバーであり、伊勢こけし… 続きを読む

小林忠次郎

〔人物〕 昭和7年2月18日山形市六日町の木地師小林清蔵の二男に生まれる。中学生のころから父清蔵について木地を修業、昭和19年から3年間は足踏みロクロ、昭和22年以降は動力ロクロとなった。山形中央高等学校を卒業すると、6… 続きを読む

佐藤とよ

天保7年1月5日、刈田郡宮村の佐藤與蔵の長女に生まれる。弥治郎の佐藤東蔵の長男東吉に嫁いだ。東蔵の長女なみは佐藤熊治に嫁ぎ長男熊太郎をもうけたが、明治2年の凶作で生活が成り立たなくなり熊太郎を残して北海道へ転出した。東吉… 続きを読む

阿部計英

〔人物〕 昭和12年2月8日、福島県土湯温泉木地業阿部広史、みねの三男に生まれる。友寿は長兄にあたる。12歳ころよりロクロに上がり、こけしも作ったというが、正式に父広史について木地を修業したのは昭和30年からであり、商品… 続きを読む

北村守雄

〔人物〕大正14年6月2日に生まれた。会津若松の工芸指導所において、技師であった安藤良弘の指導を受け木地業についた。福島県南会津郡下郷町弥五島塔のへつりにてこけしの製作を始めた。家族全員によるこけしの製作である。長女寿万… 続きを読む

渡辺喜平

〔人物〕 明治43年10月15日、土湯の農業、木地業 渡辺久吉・イチの四男に生まれる(長兄武治、次兄源吾ともに生後間もなく亡くなっているので二男と紹介した文献が多い)。三男の兄彦平は父が姶めた旅館山根屋をついだ。渡邉作蔵… 続きを読む