吉田昭

〔人物〕  昭和15年6月3日、東京市浅草区小島町の印刷工吉田三郎の長男に生まれる。父三郎は米沢の出身で、昭和12年頃上京し下谷に住んだが、戦争が激しくなる頃に出征して八丈島に赴任したので、残された家族は昭和2… 続きを読む

千田美千雄

〔人物〕明治40年5月28日、千田酉蔵(明治7年2月2日生・昭和36年9月25日90歳没)、サヱ(明治18年6月18日生・昭和41年3月20日85歳没)の7人兄弟(男6人、女1人)の三男として山形県上山市鶴脛410(現在… 続きを読む

関西こけし会

橘文策が満州に転勤して解消された木形子研究会のあとに、昭和14年10月から昭和16年9月まで関西で行なわれたこけし会。 昭和14年10月21日、同人米浪庄弌、青山一歩人、岸本彩星、佐野三壷、西田静波、村松百兎庵、梅谷紫翠… 続きを読む

斎藤正夫

〔人物〕昭和7年2月11日、宮城県白石市の会社員斎藤賢之助の三男に生まれる。昭和24年18歳のころから木地の技術を学び、木地業に従事していたが、やがて佐藤次雄の弟子となってこけしの製作を始めるようになった。  … 続きを読む

佐藤吉郎平

〔人物〕 二代目佐藤吉郎平。 初代佐藤吉郎平以後、吉松(芳松)ー円吉ー友吉ー茂七と続き、茂七の長男に生まれたのが二代目吉郎平である。 二代目佐藤吉郎平は、明治10年11月15日、佐藤茂七の長男として遠刈田新地に生まれた。… 続きを読む

佐藤吉雄

〔人物〕明治42年12月20日、宮城県栗原郡島矢崎村字中野田町前に、菅原東治、みよしの三男として生まれた。菅原庄七は実兄で、東治、みよしの二男にあたる。 昭和5年ころから秋保の佐藤三蔵について木地の修業を始めた。秋保の佐… 続きを読む

松田晋

〔人物〕昭和47年7月26日、岩手県盛岡市清水町の木地業松田弘次の長男に生まれた。松田木工所は清水町から高松の池の奥の上田堤に移って家業を継続した。晋も平成6年より木地の修業を始め、平成8年4月より晋名義の作品を出すよう… 続きを読む

小椋正勝

〔人物〕昭和37年1月13日、秋田県雄勝郡稲川町大舘字屋布前の木地業小椋正吾の一人息子に生まれる。正勝の曾祖父小椋庄太郎は慶応元年1月16日に木地山の小椋徳右エ門、マサの次男として生まれている。明治32年に分家して川連大… 続きを読む

佐藤松之進

〔人物〕明治8年5月20日、佐藤友治、いち(戸籍表記いつ)の長男として宮城県刈田郡宮村(遠刈田新地)に生まる。戸籍名佐藤松之助。古い文献では明治5年生れとされているが誤りである。明治14年小学校入学以来、学校の帰りに、本… 続きを読む

熊谷弥市

〔人物〕大正9年1月2日、宮城県古川市東大崎字新田大西7-4の熊谷平市郎、やえのの長男に生まれる。昭和8年4月東大崎高等小学校を卒業、応召となり終戦後昭和21年復員した。昭和23年3月よりこけしの描彩のみ行なう。昭和35… 続きを読む