野地三起子

〔人物〕 昭和32年5月13日福島市の木地業野地忠男の長女に生まれる。結婚して佐藤姓となり、夫とともに学習塾を経営、英語を教えている。平成21年6月から父忠男に就いて木地描彩を学ぶ。平成22年3月から佐藤三起子名義で作品… 続きを読む

日下源三郎

〔人物〕 明治38年7月8日宮城県七ヶ宿町滑津に生まれた。日下家はもともと山形の出であると言うが父の代に滑津に移り、同地で製材業を営んでいた。〈こけし辞典〉の日下源三郎の項目には、源三郎は「明治16年ころ宮城県刈田郡七ヶ… 続きを読む

佐藤円吉

〔人物〕  明治22年12月14日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の木地師佐藤茂吉、とねの長男に生まれた。母とねは佐藤文吉の長女で、茂吉は吉郎平家から養子に入った。戸籍表記は圓吉。円吉の弟に孝之助、妹にとしをがいる。としをは… 続きを読む

伊藤松一

〔人物〕 大正13年2日13日、鳴子伊藤松三郎、よねの長男に生まる。昭和16年日立の鉱山学校に在学中、妹が亡くなったので鳴子へ呼び帰された。妹は父松三郎の綱とりをしていた。 戦争中は鳴子で飛行機の監視員をした。この間に父… 続きを読む

佐藤ふよ

文久3年11月7日、宮城県刈田郡宮村(遠刈田)の佐藤久蔵の長女に生まれる。長兄は久吉。久吉は遠刈田で二人挽きを習得していたが、明治18年田代寅之助が一人挽きを伝えたとき田代に就いて技術を習得した。長女ふよは明治12年7月… 続きを読む

遊佐福寿

〔人物〕 昭和5年3月17日宮城県玉造郡鳴子町木地業高橋盛、きくゑの次男に生まる。昭和14年1月一家とともに秋田市に移り、昭和19年3月秋田高等小学校を卒業した。昭和20年7月より父盛について木地を修業、こけしもこのころ… 続きを読む

里見正雄

〔人物〕大正11年1月24日、仙台市福沢の鉄道員里見久作、さつのの長男に生まれた。 仙台市宮城野小学校をへて昭和12年図南中学校卒業、鉄道員となった。徴兵により水戸の航空通信隊に入隊、樺太をへて北海道帯広にて終戦除隊とな… 続きを読む

藤山恵太郎

〔人物〕岩手県東磐井郡東山町の鈴木豊の弟子。昭和の末年に入門した。生年月日含め詳細は不明。鈴木豊の子息の話では、事故のため下半身不随で車いす生活であったという。晩年は息子の住む平泉町に引き取られたが、その後亡くなった。 … 続きを読む

山本俊一

〔人物〕 昭和24年6月24日、山本豪(つよし)(大正13年1月生、平成12年6月77才逝去)、小染(大正15年3月生、令和元年12月94才逝去)の5人兄弟の次男として仙台市青葉区作並に生まれた。母、小染は代々作並在住の… 続きを読む

鳴子木地講習所

正式の名称は「宮城県立工業講習所」といった。 大正11年4月に鳴子小学校に隣接して開所し、昭和2年に仙台工業学校(後の仙台工業高等学校)に吸収された。鳴子における活動は約3年間であったが鳴子の産業振興には多大な効果があっ… 続きを読む