〔人物〕昭和5年2月25日、宮城県岩出山の大場忠の長女として生まれた。鳴子のこけし工人松田三夫と結婚した。松田忠雄は長男である。夫三夫のこけし製作を手伝っていたが、義父松田初見や三夫のこけし描彩を見ながら学んで、昭和40… 続きを読む
〔人物〕昭和5年2月25日、宮城県岩出山の大場忠の長女として生まれた。鳴子のこけし工人松田三夫と結婚した。松田忠雄は長男である。夫三夫のこけし製作を手伝っていたが、義父松田初見や三夫のこけし描彩を見ながら学んで、昭和40… 続きを読む
〔人物〕 大正14年8月15日遠刈田温泉の木地業、佐藤豊治五男として生まれる。昭和15年遠刈田尋常小学校卒業後、仙南交通の事務員となり、昭和18年4月に志願兵として横須賀第二海兵団に入った。昭和20年8月宮城県多賀城の海… 続きを読む
〔人物〕 昭和16年12月26日の農業高沢三之助の三男として白石に生まれる。戸籍表記は高澤。昭和32年より、兄の高沢肇について木地を習得、また昭和49年より兄肇の師匠にあたる佐藤直樹についてこけし製作を学び、雅雄の型、伝… 続きを読む
〔人物〕 嘉永5年11月13日、福島県信夫郡土湯村上ノ町の西山濱吉、サクの長男に生まれる。名前表記は文献によって「辯」「弁」が使われるが、戸籍上は「辨」が正しい。 父濱吉は佐久間亀五郎二男、土湯の首の回るこけしの創始者… 続きを読む
弘化3年8月10日、宮城県刈田郡深谷村佐藤勇治、はつの長女に生まれた。弥治郎の小倉嘉蔵の妻、嘉吉の母、嘉三郎の祖母である。二人挽き時代に綱取りもし、こけしの描彩も担当したが、描彩は当時弥治郎で一番上手とされていた。確認で… 続きを読む
日本こけし館は、宮城県大崎市鳴子温泉尿前74-2にあり、こけし文化のセンターとなることを目的に建設された。 こけし館が建てられるきっかけとなったのは、昭和28年に深沢要のコレクションが鳴子町に寄贈されたことであった。長い… 続きを読む
鳴子の人。明治初年、鳴子高橋直蔵の弟子となり木地を修業した。後に秋田県本荘に移り独立開業した。本荘時代の弟子では国松美登里が知られている。弥太郎は後年北海道へ渡ったというが経歴の詳細は不明である。やがて国松美登里の弟子河… 続きを読む