内国勧業博覧会

内国勧業博覧会は、国内の産業発展を促進し、魅力ある輸出品目育成を目的として、明治期に東京(上野)で3回、京都、大阪で各1回の計5回を政府主導で開催されている。第6回内国勧業博覧会を東京で開催する計画があったが、日露戦争後の恐慌で政府の財政が悪化したため、延期され中止とになった。全5回の内国勧業博覧会は概ね盛況であり、人気も高かったので、各地方別、県別でも各種博覧会が開催されるようになった。
各博覧会には各地から多様な産物が集められ展示されたが、こけし工人でもある木地師達の製品も多数集められ、明治期の作者の活動状況を知る貴重な資料となった。
出品目録は、各図書館に収蔵されているもの、国会図書館等でデジタル化されて公開されているもの、明治前期産業発達史資料として再録されているものなどあって、その出品作品及び製作者名、出品者名を概ね知ることが出来る。
明治期内国勧業博覧会については、菊童同好会の山本陽子会員によって体系的に調査され、こけし関連作者および出品者はまとめられて〈きくわらべ・4号〉(令和2年10月)で発表された。

第5回内国勧業博覧会

5回に渡って開催された内国勧業博覧会のこけし関連人士のおもな出品については下記項目にまとめた。

従来、名前のみ知られていた工人、木地に関わっていたかどうかも判然としていなかった人達についてもその輪郭がかなり明確になり、明治前半のこけし産地の状況についてもそれを知る重要な資料となった。

〔参考〕

  • 山本陽子:内国勧業博覧会とこけし産地の木地業〈きくわらべ・4〉(令和2年10月)
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