〔人物〕昭和2年5月6日、山形県寒河江市の仏具建具業鈴木安太郎の長男に生まれる。 家業は仏具建具業であったが祖父の鈴木米太郎は、山形の小林倉治について木地挽きを修業していたので、父安太郎も木地を挽き、戦後は昭和… 続きを読む
〔人物〕昭和2年5月6日、山形県寒河江市の仏具建具業鈴木安太郎の長男に生まれる。 家業は仏具建具業であったが祖父の鈴木米太郎は、山形の小林倉治について木地挽きを修業していたので、父安太郎も木地を挽き、戦後は昭和… 続きを読む
〔人物〕昭和27年5月21日、福島県土湯温泉のこけし工人西山憲一の娘に生まれる。家業がこけし作りであったため、こけしの描彩には興味を持っていたが、昭和57年より父憲一の木地に正式に描彩し、作品を発表するようになった。福島… 続きを読む
〔人物〕明治17年4月12日、宮城県刈田郡福岡村大字八宮字弥治郎の農業兼木地業小倉嘉吉、志けの長男に生まる。母志けは同村日下清蔵の六女。弟に精助、朝吉、茂松がある。精助は七ヶ宿の高橋長太郎家の婿養子となった。 明治37年… 続きを読む
〔人物〕 昭和6年5月28日、北海道網走郡北見市美幌町の農業今野房吉・マツヨの長男に生まれる。小学校3年生のとき一家は南洋パラオ本島に移住し、そこで農業を始めた。終戦後、昭和21年3月パラオ本島大和高等小学校を卒業した。… 続きを読む
嘉永元年5月10日、福島県信夫郡土湯村下ノ町の阿部四郎兵衛四男に生まれた。父の四郎兵衛は旅館を経営し、土湯村の名主を勤めた。当主は代々家名の四郎兵衛を名乗っており、弘化2年君ケ畑(1845)、嘉永2年蛭谷(1849)、安… 続きを読む
〔人物〕 昭和7年1月25日、遠刈田温泉佐藤吉弥、トラヨの次男として生まれる。昭和20年ころよりこけしの描彩は始めたと言うが、正式の木地修業は、昭和22年4月中学校を卒業後新地の叔父佐藤吉之助に就いてからである。当時自宅… 続きを読む
〔人物〕 昭和27年10月18日、農業・菅原新一郎の三男として生まれる。 昭和46年12月神奈川県鎌倉市の大石製作所で大石辰雄のもと木地修業を始め、その後秋田県本荘市(現・由利本荘市)に移転。昭和… 続きを読む
弘化4年6月14日、土湯村の旅館業阿部傳兵衛、ミンの長男に生まる。傳兵衛家は文禄年間越後から土湯に渡ってきた村上氏の浪人阿部徳右衛門薩摩の祐筆阿部傳兵衛の直系で、代々傳兵衛を名乗っていたという。屋号は松屋であるが、阿部吉… 続きを読む
〔人物〕明治22年11月18日、弥治郎の木地業佐藤幸太・すくの長男に生まれる。弟に慶治、味蔵、春二がいた。父幸太は遠刈田で一人挽きを学んで、弥治郎に伝えた重要な工人であり、今三郎はその父幸太について木地を修業した。幸太は… 続きを読む
〔人物〕慶応2年6月25日、福島県北会津郡闇川村(旧青木組)の木地業小椋甚吾、ツルの長男に生まれた。本名(諱)のほかにあざな(字)も持っていて祖父織江は包教、父の甚吾は包章、千代五郎は工章と言ったという。 祖父小椋織江(… 続きを読む