小林定雄

小林定雄(こばやしさだお:1933~)

系統:肘折系

師匠:佐藤丑蔵/佐藤文男

弟子:藤戸一栄/小林光子/小林元

〔人物〕 昭和8年1月30日、岩手県和賀郡湯田町の鉱員神成三五郎・サダの長男に生まれた。昭和23年3月新制中学校を卒業すると陸中川尻駅(現在の「ほっとゆだ駅」)前の川尻郵便局に勤務した。昭和31年小林辻右衛門長男光一の長女光子(てるこ)と結婚して婿養子となった。小林善作は辻右衛門の娘愛と結婚して辻右衛門の婿養子となっていたから、善作は定雄の義理の叔父にあたる。昭和34年、長男元が生まれた。昭和40年秋頃から、こけし製作に興味を持って、善作の木地に描彩などを試みたりした。昭和41年11月より郵便局勤務の傍ら、木地の修行を本格的に始め、遠刈田の佐藤丑蔵、佐藤文男から指導を受けた。こけしの製作は昭和42年初めより開始した。昭和46年には藤戸一栄が弟子となり、僅かな期間であったがこけしを製作した。昭和52年には長男の元が木地の修行を始めた。妻光子もこけしを作ったことがある。また長男元の妻女順子もこけしを作る。
その後も湯田町湯本の自宅にある仕事場で、こけし製作を続けている。

小林定雄 昭和42年7月

小林定雄 昭和42年7月

小林定雄 昭和43年3月

小林定雄 昭和43年3月

〔作品〕 木地を学ぶ前に叔父善作の木地に描彩したものが残っている。下掲左端がその作で昭和40年10月に描彩したものという。
昭和41年11月木地を学び始めた直後から、こけし製作に取り組んだ。最初の第一作は鉋も切れず、でこぼこに仕上がった木地に描彩したものだった。下掲右端は昭和41年12月の作で胴底には第三作と記入がある。やはり木地の表面はでこぼこであるが、表情おおらかでとぼけた味わいがある。中央のこけしは、年が明けて昭和42年初めに作った頭部、作業場の床に転がっていたもの、昭和43年3月に胴を作ってもらって完成させた。丑蔵ばりの面描である。
初期の小林定雄 〔右より 24.3cm(昭和41年12月25日)自挽き第3作、28.5cm(頭部:昭和42年初、胴:昭和43年3月)、24.7cm(昭和40年10月)木地は善作 (橋本正明)〕
初期の小林定雄
〔右より 24.3cm(昭和41年12月25日)自挽き第3作、28.5cm(頭部:昭和42年初、胴:昭和43年3月)、24.7cm(昭和40年10月)木地は善作 (橋本正明)〕

こうした初期の稚拙ながら面白みのあるこけしは、木地、描彩の腕が上がるにつれて、徐々に当世風の小さく纏まった作品に変わって行った。
しかし、定雄は非常に研究熱心であり、湯田で作られた各工人の古作にも強い関心を示した。昭和42年夏から昭和44年にかけて、佐藤丑蔵、小林英一、高橋市太郎の古品を研究するようになり、それにより新しい快作を数多く発表するようになった。

下掲の4本は昭和42年2月に出版された〈こけし鑑賞〉に掲載された米浪庄弌蔵の小林英一を、その年の7月に写した作品。鹿間時夫が「ろくろ模様と重ね菊であるが、一筆目はユーモラス素朴可憐で滋味掬すべき佳品である。前髪小さく口を開けて笑っているところなど幼童の面影をいかんなく発揮している」と賞賛した英一の風貌を十分に再現している。

〔右より 14.3cm、14.3cm、14.6cm、14.4cm(昭和42年7月)(橋本正明)〕 英一型4種
〔右より 14.3cm、14.3cm、14.6cm、14.4cm(昭和42年7月)(橋本正明)〕
英一型4種

下掲の3種は翌年の昭和43年に、英一の寸法の大きいこけしを再現して製作したもの。英一の持ち味をうまくつかんでいる。この中央のロクロ模様の型は、こけし夢名会の第3回頒布品になった。

〔右より 18.1cm(昭和43年3月28日)、25.5cm(昭和43年10月)、19.4cm(昭和43年2月)(橋本正明)〕
〔右より 18.1cm(昭和43年3月28日)、25.5cm(昭和43年10月)、19.4cm(昭和43年2月)(橋本正明)〕
英一型3種

小林定雄の丑蔵型も見事な復元で、下掲3本は川口貫一郎蔵の佐藤丑蔵古作(フランケン型と蒐集家が俗称するもの)の写真をヒントにして再現したこけしである。後に佐藤文男もこの型の復元を行っているが、当時定雄がこのこけしを作った時は、在京の蒐集家が皆度胆を抜かれたものだった。

〔右より 27.2cm、28.8cm、28.7cm(昭和43年3月28日)(橋本正明)〕
〔右より 27.2cm、28.8cm、28.7cm(昭和43年3月28日)(橋本正明)〕
フランケン型3種

丑蔵のおかめ型やオーソドックスな型も完成度の高い復元であった。

〔32.0cm(昭和44年8月)、21.5cm(昭和44年1月)(橋本正明)〕 丑蔵型2種
〔右より 32.0cm(昭和44年8月)、21.5cm(昭和44年1月)(橋本正明)〕
丑蔵型2種

下掲は高橋市太郎型3種、左端の市太郎型は、上掲のロクロ模様の英一型8寸5分とともにこけし夢名会の第3回頒布品になった。

〔右より 21.5cm(昭和44年7月)、16.4cm(昭和47年9月)、21.3cm(昭和43年10月)(橋本正明)〕 市太郎型3種
〔右より 21.5cm(昭和44年7月)、16.4cm(昭和47年9月)、21.3cm(昭和43年10月)(橋本正明)〕
市太郎型3種

定雄はこうした古品の復元のほかに、善作が作り始めた「およねこけし」風の作品や、丑蔵風のバラエティーに富んだ作品も作る。

ただし、定雄こけしの真価は、やはり古作と対峙した時の高揚した感情を保ちながら、それに肉薄しようとした情熱の中から生まれてきた作品群にある様に思われる。

系統〕 肘折系文六系列

〔参考〕

 

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