林重吉

林重吉(はやしじゅうきち:1920~1999)

系統:弥治郎系

師匠:石井造酒/佐藤伝喜

弟子:

〔人物〕 大正9年5月13日山形県米沢市の工業、林重次郎長男として生まれる。尋常小学校卒業後の昭和7年より市内春日町で木工所を経営していた岐阜県出身の石井造酒(みき)に弟子入りし木地挽を習う。年期明け後も石井木工所で機業のボビンや木管・木型を主に挽いていたが、昭和14年頃から機業が不振となった関係で家庭用糸巻きや軍需品である擲弾筒の信管を作るようになった。翌15年12月より現役兵として入隊し北支に赴き中支を転戦、戦後の21年1月に上海より復員した。復員後は米沢市信濃町にあった新型こけし工場に勤めたが倒産したため、昭和27年に宮城県白石市の宮城野工芸で新型の木地下を挽いた。昭和33年白石市葛西丁の自家に動力ロクロを据付け独立し、その後も引き続き新型の下木地を挽いた。昭和52年新山福雄や佐藤辰雄の助言もあり、またその仲介により高崎の佐藤伝喜の弟子となった、石井造酒工場時代の兄弟子西須正芳が米沢で開いた工場で、伝喜はかつて職人を務めていたのでその縁による。約2年間高崎の師匠とは主に手紙でやり取りし、時々訪問しては描彩を習ったという。平成8年頃まで仕事を続けていた。平成11年10月30日没、享年80歳。

林重吉 昭和58年1月

〔作品〕 やや胴をくびらせた晩年の伝喜をよく写してる。写真掲載のこけしは平成7年76歳の作で最晩年であるが、描彩はしっかりしている。伝喜風の伝内型も作る。

〔24.0cm(平成7年)(高井佐寿)〕
〔24.0cm(平成7年)(高井佐寿)〕

〔伝統〕 弥治郎系栄治系列伝内家。佐藤伝喜が一時期、西須正芳(石井造酒工場時代の兄弟子)の職人だったことや辰雄の助言により弥治郎系のこけし作者となった。後継者はいない。

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