高橋達子

〔人物〕 大正10年2月10日、宮城県玉造郡川渡大口の東北電力社員阿部清助・とみのの三女として生まれた。戸籍表記はたつ。川渡小学校、岩出山実科高等女学校を卒業。昭和24年鳴子こけし工人高橋盛雄と結婚した。こけし工人であっ… 続きを読む

趣味のこけし展(神戸)

昭和29年4月に東京で開催されたこけし展に続いて、東京こけし友の会主催で5月1日より6日まで三越百貨店神戸支店で開催されたこけし展。〈こけし友の會だより・8、9号〉に神戸でのこけし展開催の経緯と概要が下記のように報告され… 続きを読む

阿部賢吾

大正4年1月2日、山形県西田川郡温海村(現鶴岡市)の木地業阿部常松の四男。治助は長兄、常吉は次兄である。15歳から3年間、兄の常吉について木地を学んだが、木地業に就くことを好まず、鶴岡市内で洋服店に勤めた。こけしの作品は… 続きを読む

渡辺義徳

〔人物〕 昭和26年12月14日、福島県飯坂のこけし工人渡辺喜平の次男に生まれる。父喜平について木地の技術を学び、昭和50年頃よりこけしの製作を始めた。ただし、こけしの製作期間は短く、間もなく転職した。こけし作者渡辺幸典… 続きを読む

伊藤長一

〔人物〕 大正5年2月28日、山形県最上郡舟形村長沢の農業伊藤石之助長男に生まれる。祖父長七は長沢の出身で、鳴子木地師より技術を受けて立木の小物類を挽いたという。師匠名は不明。長一家には木地の「覚」(伊藤長作文書)が伝え… 続きを読む

阿子島文夫

〔人物〕昭和3年5月5日、宮城県蔵王温泉のこけし工人阿子島孫一の次男に生まれた。父の孫一は遠刈田の佐藤吉郎平について木地を修業した工人、一時東京に出たが昭和24年に遠刈田に戻り木地を再開したので、文夫はこの年より父孫一に… 続きを読む

佐藤文平

明治8年10月20日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の佐藤文吉二男に生まれた。明治19年より兄文治につき木地を修業した。明治24年に佐藤重松と共に蔵王高湯の斎藤藤右衛門の工房で職人として働いた〈蔵王東の木地業とこけし〉。以後… 続きを読む

斎藤源七

〔人物〕明治45年1月1日、山形県蔵王高湯の木地業斎藤源吉・しいの長男に生まれる。昭和元年堀田村第三尋常小学校卒業と共に父につき木地の修業を始めた。土産物店緑屋の経営も手伝っていたために多忙でなかなか木地挽きに専心できな… 続きを読む

小松里佳

〔人物〕昭和44年4月11日、大阪市堺市の下田洋一、都の長女に生まれる。父は会社務めの後牧場経営、母は美容室を営んでいた。兄が一人いる。18歳でイギリスに渡りロンドンで半年余語学の勉強等を行った。帰国後、大阪のデザイン事… 続きを読む

佐藤文男

〔人物〕 大正12年8月28日、遠刈田新地の木地業佐藤丑蔵・たまよ長男として遠刈田新地に生まれる。父丑蔵はほとんど岩手県の湯田で働いていたため直接の指導を受けることが出来ず、昭和14年遠刈田尋常小学校卒業後、佐藤文助につ… 続きを読む