大森久幸

〔人物〕昭和35年3月10日、宮城県白石市のこけし工人大森久一の長男に生まれる。 父の久一は白石で新型木地を挽いていたが、昭和39年より遠刈田温泉の佐藤哲郎の指導を受け、遠刈田で伝統こけしを製作するようになった。久幸も父… 続きを読む

菅原宗治

〔人物〕 大正3年、秋田県仙北郡雲澤村中泊に生まれる。実家は農業。幼くして足を患い、農業に従事時することが難しかったため、昭和7年19歳から足掛け5年間岩手県湯本温泉の小林辻右衛門の工場で佐藤丑蔵について木地を修業した。… 続きを読む

村上正

昭和6年、村上盛治末子として、遠刈田に生まる。遠刈田中学校を卒業後、昭和22年ころより新地の佐藤吉之助に弟子入りした。木地だけで、描彩はしなかった。長尾昌儀、佐藤哲郎は兄弟弟子である。年期明け後、白石その他で職人をしたが… 続きを読む

高橋万五郎

明治2年5月6日、鳴子高橋金太郎の長男に生まれた。父金太郎は高橋治右衛門の弟万作の次男で、大沼又五郎について木地を修業した。万五郎は父金太郎より木地を習得した。また大沼岩太郎の旧家は万五郎の家の向かいにあったので、岩太郎… 続きを読む

清野武治

〔人物〕昭和12年8月24日、福島市の木地業清野倉吉の六男に生まれる。実家が木地業であったため若い頃からある程度木地は挽けたが、昭和60年頃にこけしの製作を志すようになって自分流に作り始めた。平成9年に土湯の今泉源治の手… 続きを読む

植木正子

〔人物〕明治41年2月17日、山形県西置賜郡永井町に横沢和助、りきの長女として生まれた。 その後、植木ふくの養女となり、福島市置賜町二丁目で植木人形店を経営した。鹿児島寿蔵の指導を受けた人形製作者でもあった。昭和30年よ… 続きを読む

秋山忠男

〔人物〕 昭和17年11月7日、宮城県玉造郡鳴子町の木地業秋山忠市・かうの長男に生まれる。昭和36年県立古川高等学校を卒業、父忠市について木地を修業した。昭和40年頃よりこけしの製作を始めた。昭和45年4月東京こけし友の… 続きを読む

佐久間米吉

〔人物〕明治19年12月12日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町28の湊屋佐久間浅之助、ノエの六男として生まれる。長兄は由吉、以下粂松、常松、源六、七郎と続く兄が居て、弟に虎吉がいた。 明治35年、17歳から父浅之助について木… 続きを読む

渡辺賢一

〔人物〕  昭和22年4月19日、渡辺徳三、カヨの4人兄弟(一男三女)の長男として二本松市小浜町に生まれる。出生時、徳三は福島県庁土木部勤務でエンジニアとして地元の橋の建設等に携わっていた。その後県庁を退職して、兄弟で奥… 続きを読む

伊藤兵太郎

明治23年8月27日、秋田県小安の農業木地業旅館業の伊藤政治の長男に生まれた。伊藤儀一郎は義兄。伊藤常治は弟にあたる。 父の政治について木地を学び、筆立て、煙草入れなどの木地製品を作った。こけしも挽いたというが、描彩まで… 続きを読む