昭和10年2月9日、遠刈田に生まれた。父は佐藤豊治で、佐藤三蔵、五月は兄にあたる。 昭和25年より、兄三蔵について木地を学んで、三蔵と共に働いたが、昭和32年に転業した。以後の消息は不詳。昭和20年代後半から30年代にか… 続きを読む
昭和10年2月9日、遠刈田に生まれた。父は佐藤豊治で、佐藤三蔵、五月は兄にあたる。 昭和25年より、兄三蔵について木地を学んで、三蔵と共に働いたが、昭和32年に転業した。以後の消息は不詳。昭和20年代後半から30年代にか… 続きを読む
〔人物〕 昭和13年11月23日、福島県伊達郡国見町の農業佐野清蔵の二男に生まれる。学校を終えると自動車販売会社に勤めた。土湯の松屋に乗用車を納めたがその時の対応がよく、松屋の阿部シナが見込んで昭和41年山根会津屋の渡辺… 続きを読む
〔人物〕 昭和3年6月15日、盛岡の木地業寺沢政吉の6番目の子供(末子)として生れる。寺沢省一郎は長兄。父政吉は松田清次郎の弟子で、煤孫茂吉、坂下権太郎と兄弟弟子にあたる。 昭和20年戦争よりもどったのち、父政吉とともに… 続きを読む
青根は、宮城県柴田郡川崎町(旧国陸奥国、明治以降は陸前国)、蔵王東麓不忘山の中腹にある標高730mの温泉(硫酸塩泉)。「天文の頃(1532-1555)、前川村の百姓四名が青木の皮で蓑を作らんとして大いなる青木の側に立ち寄… 続きを読む
大正から昭和にかけての京都の郷土史家。明治24年1月12日に生まれた。本名は田中俊次。父親は医師で、孤児院平安徳義会を開き、児童福祉事業の先駆者として、また社会事業家として知られる田中泰輔。緑紅は医学の道には進まず、京都… 続きを読む
〔人物〕昭和15年10月3日、宮城県鬼首上蟹沢の農業大場勇蔵の次男に生まれる。昭和31年7月1日に鳴子温泉の高亀に入門し、高橋武男、正吾兄弟に木地を習う。須貝国男は兄弟子、横山悠久雄 は弟弟子。昭和35年頃より、こけしの… 続きを読む
〔人物〕 昭和15年11月10日、宮城県川渡の鮮魚業柿澤武雄の三男に生まれる。中学校卒業後鳴子高勘の高橋盛雄について木地を修業、昭和36年より二年間山形県鶴岡市で村木せつのこけしの木地を挽いた。昭和39年より46年まで遊… 続きを読む
西澤仙湖(本名大石米次郎)は、元治元年4月近江国大津(現在の滋賀県大津市)に穀問屋鍵甚大石甚太郎、リウの次男として生まれる。3歳の時に父が病没したので、後妻であった母とともに、その実家(大津四の宮町にあった)に戻り、西澤… 続きを読む
〔人物〕 万延元年11月23日、佐藤友吉次男として宮城県刈田郡宮村(遠刈田新地)に生まれた。明治2年、10歳で佐藤源兵衛の寺子屋で読み書き算盤を習った。明治5年、13歳より家業を手伝い、木取りや手斧を練習、明治8年ころか… 続きを読む
〔人物〕 明治29年7月8日、名古屋市中区西洲崎町の能楽器商塗師藤七(本名鈴木清次)の長男に生まれた。本名は磯吉。先祖は尾張藩に仕える武士で、江戸時代末期、祖父の鈴木右膳重敬が始めた鼓作りを継承し、「ぬし藤」の三代目とな… 続きを読む