〔人物〕昭和24年5月16日、山形県山形市円応寺新道のこけし工人小林清次郎、はつえの長女に生まれる。小林吉三郎は祖父、小林清は弟にあたる。 昭和54年、父清次郎は円応寺町より、檜町に工場と住居を移転したので敏子もそれに従… 続きを読む
〔人物〕昭和24年5月16日、山形県山形市円応寺新道のこけし工人小林清次郎、はつえの長女に生まれる。小林吉三郎は祖父、小林清は弟にあたる。 昭和54年、父清次郎は円応寺町より、檜町に工場と住居を移転したので敏子もそれに従… 続きを読む
〔人物〕 昭和6年3月6日鳴子岸正男・さだよの長男に生まれる。昭和25年古川工業を卒業後、4月1日より父正男について木地の修業を開始、、こけしの木地は修業当初より挽いていた。昭和38年頃より正式に描彩も始めて、正規名義で… 続きを読む
遠刈田に足踏みロクロ(一人挽きロクロ)を伝えたという木地師。 東京本所の人で、日光の菅原熊吉のもとて1年ほどを仕事をしたのち、仙台の高橋胞吉のところに寄り、そこで遠刈田新地に木地屋が多いと教えられて、明治18年旧1月16… 続きを読む
〔人物〕 昭和27年10月18日、農業・菅原新一郎の三男として生まれる。 昭和46年12月神奈川県鎌倉市の大石製作所で大石辰雄のもと木地修業を始め、その後秋田県本荘市(現・由利本荘市)に移転。昭和… 続きを読む
〔人物〕昭和8年7月26日、宮城県加美郡東小野田町農業早坂善五郎・あきよの三男に生まる。新制中学卒業後、昭和27年9月より岡崎斉司の弟子となり、昭和33年まで修業、年期明け後も岡崎の職人として勤めた。〈こけしガイド〉で紹… 続きを読む
〔人物〕昭和10年7月12日、宮城県柴田郡青根の大工佐藤勝雄、ひろせの長男に生まれる。母のひろせは佐藤菊治の姉まつよの娘である。昭和26年頃から仙台の我妻吉助に弟子入りし、夜間高校に通いながら木地の技術を習得した。昭和2… 続きを読む
生年月日出身地等不明。昭和12年東京こけし會発行の〈こけし作者一覧番付〉や、昭和13年刊行の〈東北の玩具〉によると宮城県柴田郡青根の作者として、佐藤菊治、菊地孝太郎、横山拙太郎、佐藤勝雄と並んで小田宗太郎の名がある。しか… 続きを読む
〔人物〕 昭和10年11月10日、宮城県仙台市北材木町181の木地業佐藤巳之助・きくの長男に生まれる。肘折の佐藤周助は祖父にあたる。昭和26年頃からロクロに上がるようになった. 昭和29年3月宮城県工業高等学校木材工芸… 続きを読む
〔人物〕明治42年4月28日、秋田県雄勝郡川連村久保の木地打師樋渡徳太郎、スエノの次男に生まれた。長兄は治一。川連小学校を卒業し、15歳から久保の高橋兵治郎、兄の樋渡治一について立木木地を習得した。約10年間木地を挽いた… 続きを読む
〔人物〕 明治21年11月15日、仙台に生まる。高岡直次郎・コマの五男。その本家は福島県草野村と思われる。 明治20年3月坂本辰之助二女うめと結婚、忠直(明治41年生まれ)、義孝(明治42年生まれ)、誠(大正元年生まれ)… 続きを読む