創生期鳴子こけし

東京こけし友の会の〈こけし手帖・618〉(平成24年7月)に高橋五郎寄稿による鳴子古こけしの発見とその考察が掲載された。 これらのこけしは宮城県加美町上狼塚の旧家から発見されたもので、特にそのうちの三本は下の写真に示すよ… 続きを読む

平馬虎三

〔人物〕大正11年5月4日、宮城県登米郡中田町(現在、登米市中田町)の農業平馬徳之進、とせよの長男として生まれた。本名は平馬利治(へいまとしじ)。こけしと川柳には雅号の虎三を用いるという。生来、手先が器用なので表具師もあ… 続きを読む

新山さと

〔人物〕 明治3年6月11日、宮城県柴田郡大谷村菅野万三郎三女に生まる。明治20年弥治郎新山久治郎の後妻となる。久治、久之助、勇、福太郎、左内、定雄、吉雄の母。久治郎の木地に盛んにこけしの描彩をしたが、大正末期に中止した… 続きを読む

高橋まさの

明治25年2月13日、宮城県玉造郡鳴子町湯元の高橋亀三郎、のつの長女に生まれた。深沢要の聞き書きによると、兄武蔵の木地などに描彩を行い、非常に上手であったという〈こけしの追求〉。 横谷家に嫁した。昭和22年12月2日没、… 続きを読む

海谷好雄

〔人物〕昭和15年6月23日、山形県山寺に生まる。山寺中学校卒業後、昭和30年より山形市地蔵町の近藤政光につき木地挽を修業。同34年、年期が明け、以後小田原市綱一色の木工所で新型専門に作った。昭和41年帰郷し独立開業、そ… 続きを読む

小林倉吉

〔人物〕明治4年4月1日、木地業小林倉治、しゅんの長男として山形市旅籠町に生まれる。母のしゅんは旧姓森谷で北村山郡沼沢村の出身。倉吉は南山学校で学んだ後、明治15年から二年間米沢の酒屋で丁稚奉公をした。明治17年に米沢か… 続きを読む

太子型

土湯系のこけしの小寸のもので胴が膨らみ裾がくびれて、台座形がついたものを太子型と呼んでいる。土湯の太子堂にちなんだもので、この型のこけしを求めて太子堂に奉納すると、願い事がかなうと言って、子供を授かりたい人や、病気平癒を… 続きを読む

西山敏彦

〔人物〕  昭和34年6月30日、福島県土湯温泉の木地業西山憲一・キヨの三男に生まれる。 昭和53年3月福島県立福島商業高校を卒業後、飯坂温泉のホテル聚楽㈱に入社、昭和55年転職して東北ムネカタ㈱で働いた。平成… 続きを読む

斎藤忠七

〔人物〕大正6年12月18日、福島に生まれた。土湯温泉町の斎藤秀七の娘と結婚して養子となった。菅野国男は甥にあたる。昭和46年より佐藤佐志馬について木地を修得した。こけしも製作した。 平成22年2月18日没、行年94歳。… 続きを読む

佐藤久助

〔人物〕明治19年2月9日、宮城県柴田郡前川村(現在の青根)の木地業佐藤久吉・りんの長男に生まれる。父久吉は遠刈田の佐藤久蔵の長男で、久蔵の妹トラは先代の佐藤文吉(文六の父)に嫁いでいる。久助は父久吉について木地を学び、… 続きを読む