こけし蒐集家の深沢要が、昭和9年より昭和21年にかけて収集したこけしのコレクション。深沢要の没後、欣未亡人の手により昭和28年11月鳴子町へ寄贈された。 寄贈され鳴子に着いた深沢コレクション(昭和28年) 出迎えた工人た… 続きを読む
こけし蒐集家の深沢要が、昭和9年より昭和21年にかけて収集したこけしのコレクション。深沢要の没後、欣未亡人の手により昭和28年11月鳴子町へ寄贈された。 寄贈され鳴子に着いた深沢コレクション(昭和28年) 出迎えた工人た… 続きを読む
〔人物〕 昭和9年3月18日、新山左内・松代の長男として福島県玉山(現在のいわき市玉山温泉)に生まれる。昭和11年に一家は茨城県日立市助川へ移り、さらに昭和19年福島県東白川郡矢祭に疎開した。昭和23年に同地の高等小学… 続きを読む
〔人物〕 明治39年9月10日、佐久間常松、ミノの二男として土湯下ノ町に生まれた。父常松は湊屋佐久間浅之助の三男、浅之助ゆずりのデコをよく描き、凧絵も得意であった。湊屋離散とともに明治39年11月北海道開拓民として家族を… 続きを読む
文化5年9月11日、横谷善十郎長男として鳴子に生まれた。横谷家は鳴子三兄弟の一人大沼弥平の子孫と言われている。従来の説では「善作は16歳年少の大沼又五郎より木地を習い、木地は初代」といわれるがこれには疑問もある。玩具は作… 続きを読む
〔人物]明治33年11月27日、宮城県弥治郎の木地業高梨栄十郎・むきのの長男として生まれた。栄十郎(通称寅五郎)は明治35年むきのと離別し、後妻すてを迎えた。しかし、栄十郎およびその兄高梨栄五郎は大正5年に弥治郎で流行っ… 続きを読む
〔人物〕昭和18年11月3日、団体職員、芹沢五郎・美代子の次男として静岡県裾野市に生まれる。戸籍表記は芹澤。 昭和42年3月上智大学文学部スコラ哲学課を卒業後、財団法人日本ユースホステル協会に就職する。伊豆・東京・美幌(… 続きを読む
〔人物〕昭和19年1月13日、福島県福島市の冨田照次の二男に生まれた。昭和59年頃に高湯温泉の篠木利夫に木地を習って一時期こけしを製作した。 〔作品〕篠木利夫の作風を継承したが、作品は土湯系の一般型であった… 続きを読む
〔人物〕明治25年11月3日、宮城県弥治郎の渡辺幸六、みんの次男に生まる。渡辺幸治郎は長兄。明治35年11歳のとき、生家上屋敷より白岩屋敷へ移る。 明治39年15歳より新山栄五郎について木地を習得、明治45… 続きを読む
明治5年5月15日、山形県飽海郡田沢村(昭和29年町村合併で平田町となる)小林の農家に生まれた。〈こけし辞典〉によると、「庄内大地震のあった明治27年に鶴岡市宝町に出て、兄平一郎と共に庄内杓子を作った。平一郎は庄内杓子の… 続きを読む
〔人物〕昭和3年3月18日、青森県上北郡十和田町大字奥瀬字休屋の土産物店経営高瀬善治、スエの長男に生まれる。母スエの妹は本田功の母に当たる。父善治は土産物店経営の傍ら、こけしの製作を行なっていて、昭和31年には本田功が善… 続きを読む