安政6年ころ島津茂兵衛長男として青森県南津軽郡山形村大字温湯字新道に生まる。島津家は代々温湯の古い木地師で、津軽こけしの探求者木村弦蔵(木村弦三)によれば津軽系の木地師は戦国時代から元禄時代にかけて山形地方から移住した… 続きを読む
安政6年ころ島津茂兵衛長男として青森県南津軽郡山形村大字温湯字新道に生まる。島津家は代々温湯の古い木地師で、津軽こけしの探求者木村弦蔵(木村弦三)によれば津軽系の木地師は戦国時代から元禄時代にかけて山形地方から移住した… 続きを読む
〔人物〕 明治28年(推定)栗原郡一迫町の農家に生まる。鳴子の高橋亀三郎の妻のつは鬼首の人だったが、長男武蔵が5歳のとき亡くなった。後妻に来たのが栗原郡一迫の人であったが、その縁で辰吉は明治40年13歳ころ鳴… 続きを読む
婢子会(大正13年11月より同15年8月にかけて活動した関西で最も古い郷土玩具の研究、同好会)の同人。他の同人は、友野祐三郎(主宰)、筒井英雄、尾崎清次、西原豊で計五人。 黒田源次(旧姓有馬)は明治19年12月9日熊本市… 続きを読む
〔人物〕明治42年4月28日、秋田県雄勝郡川連村久保の木地打師樋渡徳太郎、スエノの次男に生まれた。長兄は治一。川連小学校を卒業し、15歳から久保の高橋兵治郎、兄の樋渡治一について立木木地を習得した。約10年間木地を挽いた… 続きを読む
〔人物〕 昭和3年9月16日、宮城県玉造郡鳴子町上鳴子の木地業松田初見の長男に生まれる。鳴子高等小学校を卒業後、上京して蒲田の鉄工所に勤めるなどいくつかの職について働いたが、戦争が始まって昭和18年ころ鳴子に… 続きを読む
〔人物〕 昭和2年8月3日、米沢市の玩具商・木地業鈴木清、峰子の長男に生まれた。昭和17年4月中学校卒業とともに横浜の海軍航空技術廠に入り、設計に従事していたが、終戦に際し、20年より白石の共栄木工所に入って木地の技術を… 続きを読む
明治10年4月20日、宮城県柴田郡金ケ瀬村に河内大吉二男として生まれた。明治34年佐藤茂七の二女さんと結婚し、婿養子となった。義兄の佐藤吉郎平より木地を習い、明治40年に分家して、遠刈田新地で木地業を続けた。 大正3年に… 続きを読む
〔人物〕 明治12年12月2日、岩手県下閉伊郡宮古の坂下茂兵衛・ヒデの二男に生まれる。明治26年15才の頃、盛岡に出て松田清次郎について木地の修業を行った。煤孫茂吉は兄弟子にあたる。年季明けする前に事情があり、宮古に戻っ… 続きを読む
〔人物〕大正15年4月17日生まれ。青森県黒石市大字袋字上野のこけし工人佐藤善二の妻女、佐藤佳樹は長男である。夫善二に倣って善二の木地に描彩をするようになった。 夫の善二は昭和60年6月に亡くなったが、その後は長男佳樹の… 続きを読む